独立行政法人日本学術振興会理事長
中央教育審議会会長
慶應義塾学事顧問
高大接続システム改革会議座長
安西 祐一郎先生
各界の第一線で活躍するキーパーソンを講師に迎える「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は認知科学や人工知能の研究者であると同時に、国が主導する「高大接続システム改革会議」座長として日本の教育改革を推進してきた安西祐一郎先生にご登壇いただいた。激変する社会の中で、未来に求められる「学力」とは何か。講演のエッセンスと会場いっぱいに集まった高校生たちの熱い議論の模様をお届けする。
1969年慶應義塾大学工学部応用化学科卒業。1974年同大学大学院工学研究科管理工学専攻修士課程(工学博士)を修了後、カーネギーメロン大学客員助教授、北海道大学文学部助教授となる。1988年より慶應義塾大学理工学部電気工学科(学科改組後、情報工学科)教授、1989年同大学大学院理工学研究科教授(計算機科学専攻)兼任、同大学理工学部長を務めた後、2001年慶應義塾長となる。2005年社団法人情報処理学会第23代会長、2008年環太平洋大学協会会長を務めた後、2011年独立行政法人日本学術振興会理事長となる。 専門は情報科学・認知科学。1972年度計測自動制御学会技術論文賞、2001年度人工知能学会業績賞、2005年フランス教育功労賞コマンドゥール(芸術文化勲章)、2008年春紫綬褒章(情報学)などを受賞。
私のライフワークは「学習と問題解決の認知科学的研究」です。人はどのように学ぶのか、そのプロセスって何なのだろうかという研究を40年続けています。そこから入試改革などの教育問題、人工知能、学力とは何だろうということに興味関心を持ってきました。
アメリカのレイ・カーツワイルという人工知能研究者は、2045年には人工知能が人間を超えると予言しています。2045年に皆さんは何をしていますか? もしかしたら皆さんの子どもがちょうど今の皆さんと同じくらいの年齢になっているかもしれません。
そのときの「学力」とは何か。正解があるわけではありません。けれども、これからの社会や皆さんにとって重要かつ切実な問題であるはずです。
例えば皆さんの身近なところでは、大学入試が変わってきます。2020年度にはセンター試験に代わる新たなテストが導入され、記述式の問題が入るようになります。小中高の学習指導要領も変わり、「受け身の教育」から「能動的な学習」へと転換していきます。
教育だけではなく、社会そのものも変化することでしょう。人工知能がどんどん発達していきますから、「人間にしかできない仕事」がとても重要になってきます。自分でアイデアを考えて新しいサービスや製品を生み出していくような仕事です。医療や介護、カウンセリングやコンサルティングなど、知識や技術はもちろん、人間ならではの目利きや技量が必要とされる職業分野で働く人が増えるだろうと予測されています。
一方で、人工知能で代替可能になる職種も出てきます。20年後には今ある全職種のうちの47%が機械によって自動化されると考える研究者もいます。仕事の進め方も、これからはさまざまな国や他分野の人たちと一緒にチームを組んで行うことになります。時代や技術が変わるとき、求められる仕事も変わります。
これからはITをベースとした科学技術が、社会に大きな影響をもたらすでしょう。理系の人はメーカー就職、研究の道に進み、文系の人は文系企業に勤めるのでは、文系企業に情報分野や研究開発分野の専門家がいないことになります。あらゆる仕事に対して多様な判断ができるように力を養う必要があります。
では、これからの時代の「学び」とは何でしょう。
人工知能が進化し、仕事だけでなくITをベースにして教育も変わっていく。そのような時代へ向け、分な知識や技能をもち、それを活用する思考力・判断力・表現力を臨機応変に発揮でき、主体性をもって多様な人々と協力して学び、働く力を身につけることです。
そのためには、まず「言葉の力」を鍛えることです。自分で新しいことを考えて、人に説明して、一緒にチームで仕事をするための力です。心に届く言葉をどれだけ自分のものにできるかを日ごろから意識することが大切です。これからを生きていく高校生のみなさんには、「主体性」と「多様性」に加え、多くの人と「協力」し、「感謝」の気持ちと自分自身に「誇り」を持って歩んでほしいと思います。
2045年にどのような力が必要でしょうか。そのようなことを常に考えていきましょう。
テーマは「2045 年の学力とは何か? どのようにすれば身につけられるか?」
ワークショップの課題は「2045 年の学力とは何か? どのようにすれば身につけられるか?」。初対面の6名でチームを組み、総勢24 チームが決勝戦に向けて熱い議論を交わす。まずは自分の意見を整理。その後、リーダーや書記、発表者などの役割分担を明確にする。「自分の意見を伝える力」だけでなく「メンバーの意見を聞く力」「チームをまとめていく力」も必要だ。
「2045年の学力」について考える
チーム討論の制限時間は1 時間。時間内にメンバーの意見を集約し、ワークシートへ記入する。自分たちの主張を的確にまとめ、わかりやすく伝えるにはどうすればよいか。ポイントを太字で目立たせたり、チャートを用いるなど「見せ方」にも創意工夫が必要となる。発表のリハーサルも入念に行い予選会へ。
予選に挑む
A~Fの6グループに分かれての予選会。2分間という短い持ち時間を、いかに使いこなすかが勝負の鍵。「2045年の学力」という答えのない問いに対して、どこに焦点を置き、何を訴えかけるのか。「2045年のリーダーシップとは?」「大学入試はどうなっている?」「人と人とのつながりが重要になるのでは?」――多様な意見が飛び交う中、最も良いプレゼンをした1チームを多数決で選出する。
予選を勝ち抜いて、いよいよ決勝。
いよいよ決勝戦。各グループの代表者が持ち時間5 分で発表を行う。そもそも「学力」とは何かという命題からスタートするチーム、学力を高めるプロセスを考察し未来に必要な力を導き出すチームなど、論点は三者三様。身振りや声の調子にも気を配りつつ、いかに聴衆の心に響くプレゼンができるか。総合的な発信力が試される。
表彰式
評価のポイントは、内容が「説得的」かつ「クリエイティブ」であるか。最優秀に選ばれたEチームは「2045 年の社会」を論理的に考察していた点が高評価を得た。「抽象的かつ多様な要素を含む課題でしたが、どのチームもレベルが高くて驚きました」と語る安西先生。表彰式のあと「今日の経験をぜひ大切にしてください」とすべての参加者にエールが送られ、ワークショップは幕を閉じた。
人工知能のエキスパートである安西先生の未来予測はとても説得力がありました。ワークショップでは決勝まで進んで発表者を務めましたが、プレゼンのやり方を実践で学べたことも貴重な経験となりました。発表を通じて今日の講演テーマの理解をいっそう深めるとともに、自分の意見を明確にすることができたからです。優勝は逃しましたが、「創造力」や「主体性」の重要さを知ることができた点も大きな糧となりました。
私は将来公認会計士になりたいと思っています。会計士の仕事は将来、人工知能に取って代わられると言われています。けれども今日の安西先生の講演を聴いて、未来の想像図をしっかりと持ち続けていけば、公認会計士への道が消えてしまうことはないと確信しました。ワークショップは初参加でしたが発表者を務めました。短い時間の中で自分たちの意見を伝えるのはとても難しくて緊張しましたが、メンバーに助けてもらい、今日の主題のひとつである「チームで仕事に取り組む」ことの大切さを学びました。
今日は現代社会において考えるべき問題点と必要な力を教えていただきました。とりわけ企業側が学生に求めている力と学生の意識とのギャップには驚きました。安西先生が仰る「主体性」と「多様性」が今、社会から必要とされていることに気づかされたからです。今回初めて参加したワークショップでは、みんなの意見をひとつにまとめることの難しさを改めて実感しました。今日のテーマである「主体性」をうまく発揮することが、自身の課題として見えてきたことも収穫でした。
私は将来、外科医になりたいのですが、もしかしたら外科手術も人工知能に取って代わられることになるのかもしれません。であるならば、人工知能を扱う側になりたいと思います。これまでは漠然と外科医になりたいと考えていましたが、今日のワークショップを通じて、医術と人工知能技術の両方を兼ね備えた医師になろうと決意しました。ワークショップのチームは私以外みんな男子だったので緊張したのですが、医師の世界もまだまだ女性が少ないです。医学部に入ったときのことを考えて、男子に負けないように積極的に意見を言うように心掛けました。