理化学研究所革新知能統合研究センターセンター長 東京大学大学院教授(新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻)
杉山 将先生
研究やビジネスの最前線を走る”現代の偉人“を講師に迎える「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は、機械学習の第一人者、理化学研究所 革新知能統合研究センター センター長の杉山将先生をお招きし、人工知能研究のこれまでとこれからをテーマに講演いただいた。果たして、人工知能は人類を脅かす存在となるのか。それとも、人類が直面した数々の課題を乗り越えるための、強力なパートナーとなり得るのかーー人工知能の研究によって大きく変わりうる未来に、多くの高校生たちが胸を躍らせた当日の模様をお伝えする。
1974 年大阪生まれ。東京工業大学 工学部卒業。同大学大学院 情報理工学研究科 博士課程修了。同大学助手、助教授(2007 年より准教授に改称)を経て、2014 年より東京大学教授。2016 年より理化学研究所 革新知能統合研究センター長を併任。科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞、日本学術振興会賞および日本学士院学術奨励賞等、数々の賞を受賞。機械学習とデータマイニングの理論研究とアルゴリズムの開発、およびその信号処理、画像処理、ロボット制御などへの応用研究に従事。著書に『機械学習のための確率と統計(機械学習プロフェッショナルシリーズ)』(講談社)、『イラストで学ぶ 機械学習最小二乗法による識別モデル学習を中心に』(講談社)などがある。
皆さんは、「人工知能」にどのようなイメージがありますか?
「人工知能」は、人間が持つような「知能」を機械に与えようとする技術です。私が取り組んでいる研究は、その人工知能のシステムの中の「機械学習(マシンラーニング)」という分野です。我々人間が、教科書や新聞から知識を得て行動に活かしていくのと同じように、コンピュータにデータを取り込んで知識を作り、それを活用するのが機械学習の目的です。
私は研究と同時に大学や大学院で講義をしているのですが、理系の学生に対して新しい技術の話をすると、皆目を輝かせて聞いてくれます。一方、ある文系の大学で数学や物理を学んでいない学生を対象に同様の講義をしたときは「コンピュータが勝手にふるまって危険なのではないか」とネガティブな反応が多かったのです。そのギャップは今でも忘れられません。人は、革新的なものに出合ったとき、その仕組みがわからないと「何か危険なものが生まれるのでは?」と想像してしまうものなのかもしれません。技術について学ぶと、それが有り得ないとわかるはずなのですが、仕組みに対する知識のなさが誤解と怖れを生み出し、いわゆる「人工知能脅威論」に発展しているのではないかと思います。
そのため、今回の講義では「人工知能で何ができるか」に留まるのではなく、「人工知能がどのようにして実現されているのか」という仕組みを皆さんに紹介したいと思います。
では、どのようにして人工知能が実現しているか解説をしていきましょう。まず、コンピュータに学習させるのが機械学習だと話しましたが、具体的には三種類あります。それぞれ、「教師つき学習」「教師なし学習」「強化学習」と言います。
最初の「教師つき学習」。これは、我々人間が教師になって、コンピュータの学習を手伝ってあげる方法です。家庭教師が生徒を教えているようなやり方といえます。
次に「教師なし学習」は、コンピュータがネットで有用な情報を集め、人間の手を介さず、自発的に学習する方法です。生徒が自習するイメージですね。「コンピュータが勝手に学習する」というと非常にいい話に聞こえますが、「何を学習するか」は我々が一つひとつ事前に決めてやらねばなりません。教師なし学習だけで世の中の問題は解決できないので、教師つき学習の前処理として活用されることが多いです。
最後に「強化学習」。これは、教師つき学習と教師なし学習の中間的な学習方式で、目的は教師つき学習と同様、教師の知識を学ぶことです。
では何が違うかというと、教師は答えを教えず、生徒が答えを予想し、その答えに対して教師が「だいたい合っている」とか「すごく間違っている」と評価します。その評価をもとに、コンピュータが自律的に学習していきます。評価が良くなるように学習していくことで、最終的に正しい知識を得ることを目指します。
この機械学習を含めた人工知能の知識は、理工学系だけに必要なものではありません。医学や政治経済、ビジネスや社会科学分野など、世の中のあらゆる学問に対して影響を与える「横串」になると私は考えています。
機械学習の国際会議は非常に注目されていて、世界中から優秀な人々が集まってきます。2016年の論文数は、アメリカが45%、その次が一般企業で20%。一般企業とは、グーグルやマイクロソフトなどのアメリカの会社が中心ですから、論文の7割程度がアメリカから提出されているといえます。
また、ここ数年で中国がどんどん追い上げてきています。世界中から人を集め、巨額の投資をして機械学習の研究に取り組んでいます。
一方、日本の論文は3%しか採択されていません。国際会議の場でも、全体で7500人中、日本の研究者は数百人。実に存在感がないのが現状です。
2年半の留学で3本の論文を執筆し、帰国後はお茶の水女子大学の教員に就任。子育てをしながらでも続けられ、少ない研究費でもできる研究対象、人々の幸せに役立つような研究をと考え、「脂質メディエーター」に注目しました。悪いイメージを持つ脂質ですが、細胞膜の構成成分として重要な役割を果たしています。「脂質メディエーター」とは、生物が何らかの危険にさらされたときに、細胞膜の脂質から一部分が切り出されて作られる微量な物質をいい、がん、糖尿病、免疫疾患、炎症性疾患、感染症、また精神・神経疾患までを広く制御する物質です。
ところがこの物質の存在を発見したものの、超微量な新物質であったため、当時の最高技術を駆使しても、構造を決めるまでには7年という月日を要しました。ただし、きっとおもしろい物質に違いないと確信していたので、長い暗いトンネルの時代だった訳ではありません。
その後一般的な形としてサイクリックPAと呼ぶことにしたこの物質は、今、根本的な治療薬がなかった変形性関節症の治療薬としての開発を進め、今年から臨床実験に入っています。ほかにもパーキンソン病、アルツハイマー病などの疾患にも効果を示すことが判明しつつあり、さらに研究を進めていきたいと思います。
日本も、この状況に負けないよう、がんばらなければいけません。我々理化学研究所では、日本の強みを活かして世界で戦えるよう、研究と人材育成に取り組んでいます。次世代のAI技術開発、AIによるサイエンス研究の発達、AIの社会実装への貢献、AIの倫理・社会的課題への対応など、研究分野は多岐に渡ります。
私は大学・大学院で情報科学を学びましたが、情報科学は奥深さと同時に実用性も兼ね備えており、非常におもしろい学問です。また、学問自体がまだ新しく、私たちの世代がリーダーになっている分野です。何十年も修業する必要がある分野とは違い、20代の学生が一気に世界で有名になることもあります。実際、私の研究室でも25歳の学生が非常にいい論文を書いて、世界的に有名になり始めています。ぜひ、多くの学生に勉強していただけると嬉しいですね。
テーマは「人工知能でできるようになること
人間がやるべきこと」
テーマは「人工知能でできるようになること人間がやるべきこと」。まずは自分の考えを予備シートに記入してから議論スタート。「人とAIの責任と役割」など、チームの視点を明確にして予選会へ臨む。
チームに分かれてディスカッション。
いざ予選会。原稿を作成し、自分たちの意見をしっかりと伝えるために口調やスピード、声の大きさにも気を配る。
予選を突破した5チームによる決勝戦。
決勝戦。予選を勝ち進んだ6チームが壇上でプレゼンを競う。「受動的な情報処理」「人間らしさ」「心を動かす心理的な事柄」「人間の主体性」「正しい倫理観」「人間と人工知能の共存」と、多種多様な意見が出そろう。「どのチームもよくまとめられていますね」と杉山先生。高校生たちの提案に熱心に耳を傾ける。
表彰式
優勝チームは可能性を細かく分析したチーム。テーマの論点を4つ挙げてしっかり説明していた点が高い評価を得た。表彰式と杉山先生を囲んでの記念撮影のあと、全体講評を頂戴してワークショップは締めくくられた。
東京都 私立 宝仙学園高校女子部2年
小澤 あみさん
カウンセラーなどの仕事は人でしかなしえない分野だと思っていましたが、AIだからこそできるメンタルケアがあるというお話にとても驚きました。将来は医療系の仕事に就くことを考えているので、AIについても興味津々です。
東京都 私立 本郷高校2年
髙橋 郁門くん
グループディスカッションでは話をまとめる役割でしたが議論を深めるにはもっと時間が欲しかったです。もともと喋り出したら止まらないタイプなので、限られた時間で結論を出していく力も必要だと実感しました。
東京都 私立 本郷高校2年
佐原 侑太くん
将来はロボット開発に携わりたいと思っていて、今回はAI に関する知識は必ず必要だと思い参加しました。グローバルな目線で見たときにこの分野で日本はそれほど活躍できていないというお話がありましたが、反対にこれからの自分たちにチャンスがあるのだと意欲がわきました。