カドカワ株式会社
代表取締役社長
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川上 量生先生
研究やビジネスの最前線を走る“現代の偉人”を講師に迎える「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は、日本最大級の動画サービス・ニコニコ動画をつくり出し、ネットカルチャーに衝撃を与えた川上量生先生をお招きし、「私が学生の頃の10の疑問」をテーマに講演いただいた。数々の画期的なサービスを生み出す源泉となった、 今までになかったものを創ろうとする信念は、どのように育まれてきたのか。多くの高校生が興味深く話を聞いた当日の模様をお伝えする。
皆さんは、大人についてどう思っているでしょうか。大人は賢い、それとも賢くない?直感的には決して賢いように思えないけれども、だからといって大人が賢くないわけがない。そんな疑問を僕は、高校時代から抱いていました。
自分が社会で成功できるかどうかなんて先の話も、まったくわからない。もしかして宝くじが当たるかも……。そんな妄想をしたいなら好きにすればいいけど、実際には起こるはずがない。頭の良さというのも、一体何でしょう。あるいは自分の存在価値、社会にとって自分が必要かどうかなどと尋ねたところで、誰も答えてくれません。自分もいつか年老いて能力の衰えるときが必ずくるけれど、それはいつなのか。老いに関する疑問は、もう40年ほど持ち続けています。
ほかにも結婚して他人とうまくやっていけるのか、そもそも世の中は何か間違っているんじゃないか、人間とは一体何なのか、人類はいつか滅ぶんじゃないかなどの難問もある。そして、おそらくは究極の質問が「幸せとは何なのか?」でしょう。
いずれも簡単に答えなど出ないし、一生かかっても正解にはたどりつけないかもしれない。けれども、こんなことを考えながら僕は生きてきました。
そんな僕の人生を振り返ると、まず大学に入って環境が激変しました。京都大学は、僕の人生で初めてとなる、自分と同等もしくはそれ以上に勉強ができる人しかいない世界でした。勉強しなくても一番をとれた高校までとは大違いです。この体験から学んだのが、自分を取り巻く環境を意識すること。自分と同じような人が周りにいるところで競争するのは、けっして賢いやり方ではありません。ライバルが多いと当然競争は厳しくなり、逆に競争相手がいなければ自動的に自分が一位です。
僕は競争が嫌いだったので、就職先として小さなベンチャー企業を選びました。同期はみんな高卒か高専の卒業生で大卒は自分一人でした。ところが社長は朝礼でうちにも京大から新卒が入ると自慢していたらしいのです。そりゃ社員はおもしろくないですよね。入社する前から社内は敵だらけだったんです。
社長も気づいて、僕が潰されないように一人だけの新規事業担当にしました。結果的にはこのときの経験が、起業するときにとても役立ちました。もし、皆さんの中に将来起業を考えている人がいるなら、あわてて学生時代にするのではなく、就職して新規事業に一度は携わっておくことをおススメします。
新規事業というのは、いくら説得しても社内の他部署の協力はまず得られません。ところが成功した途端に、みんな協力してくれる。説得は時間の無駄で結果を見せるのが一番。これは学びでしたね。そして大成功する企画は、会議でみんなから反対されるものばかりでした。逆に「それ良いね」なんて言われたら危険で、まず失敗に終わる。みんなが受け入れるような企画にはすでにライバルがたくさんいるからです。
皆さんは競争に勝ち抜いていく人たちだから、これから先もきっと競争を恐れたりしないでしょう。けれども受験勉強と、社会での競争は厳しさがまったく違います。受験なら合格者は何百人、何千人もいるけれど、現実社会における競争の勝者は基本的にたった一人です。だから競争に巻き込まれた瞬間に、すでにたいていの場合、負けているのです。このことだけは覚えておいてください。
やがて勤めていた会社が倒産し、人生の大転機を迎えます。倒産後も社長に頼まれて会社に残っていた僕は、事務所の超高速インターネット回線を使って毎日ネットゲームで遊んでいました。そのとき知り合ったゲーマーたちは、頭が良いのに人生の敗者扱いされている。そこで彼らが働ける場をつくろうと起業しました。
運営資金に親の財産を使わせてもらったので、絶対に失敗できません。最初の2年間は、本当に死に物狂いで働きました。幸い、優秀なメンバーが頑張ってくれたおかげで、何とか成功できた。でも結局は「運」が良かったからでしかないと思っています。
次に手がけた着メロサービスが大ヒットして上場し、億単位のお金を得ました。ただ、莫大なお金を手に入れてもほしいものはそれほど変わらないし、それほど幸せとは感じませんでした。
次に立ち上げたサービスが『ニコニコ動画』です。その後、ジブリで勉強し、KADOKAWAと経営統合し、N 高等学校を立ち上げました。振り返ってみると間違った決断をたくさんしているけれど、それが結果的に成功の原因になったことは多かったです。
最後にこれからの社会について、具体的にAIについてお話します。今後の社会で生きていく皆さんは、AIを学ぶべきです。およそ人間の脳にできることで、AIにできないことは一つもありません。あらゆる領域でAIの方が人間より優れている。
コンピュータが人間にかなわないとされてきた「直感」や「感性」などの分野でも、すでにニューラルネットワークが勝っています。オリジナリティや独創性についても、いくらでもデータを吸収できるAIに人間が勝てるわけがない。
そんな時代が間違いなくきます。そんな未来社会で有望な職業としては、AIエンジニアがあげられます。この技術を身につければ、少なくとも20年から30年ぐらいはAIを使って世の中を動かせるでしょう。
これからの世の中を担う皆さんにはぜひ、受験勉強だけでなく厚みのある知識を身につけてほしい。無駄な競争に時間を費やすのではなく、自分のポジションを見つける力も養いましょう。ただ、未来の世界が今とどれだけ変わったとしても、世の中がおもしろいものであることは変わりません。ぜひ、自分だけが勝負できる場を見つけて、豊かで楽しい人生を送ってください。
テーマは「人類が目指すべき『人間が幸福に暮らせる生活レベル』を考えたとき、
月収いくらの収入が必要か?」
ワークショップのテーマは「人類が目指すべき『人間が幸福に暮らせる生活レベル』を考えたとき、月収いくらの収入が必要か?」。まずは自分の考えを予備シートに記入してから議論スタート。
予選会
入念なリハーサルを済ましてからいざ予選会。口頭で説明する箇所と図で示す箇所を整理するなど、ワークシートの書き方にも工夫が必要だ。
決勝プレゼン
決勝戦。予選を勝ち進んだ5チームが壇上でプレゼンを競う。「主観的幸福と比較的幸福」「結婚が第一の幸福」「資本主義は競争・お金がなくても暮らせる生活が幸福」など、幸福に関するさまざまな意見が出そろう。
優勝チーム集合写真
「多様性のある意見が出て嬉しいですね」と語る川上先生が選んだのは、幸福を三種類に分けそれを根拠に年収について考えたチーム。見ている人にも考えさせるような奥深い内容のワークシートが高い評価を得た。
東京都 私立 東京都市大学付属高校3年
伊藤 龍永くん
AIについて新しいアイデアのお話がおもしろかったです。芸術も採点できるとのことですが、疑問も持ちました。AIに取って代わられると言われる公認会計士になるのが夢ですが、人間にしかできない考える動作を磨いていけたらと思います。
千葉県 私立 成田高校3年
島根 拓海くん
起業をしたいと思っていますが、川上先生は起業をおすすめしないとおっしゃっていてビックリでした。会社を興すときに商品をどのような目線で置くのかというところで、状況が次々と変わっていったように思えたのが印象的です。
東京都 私立 錦城高校2年
井上 玲希さん
エンターテイメントに関わる仕事に関心があり、川上先生がやっておられることに興味があります。「競争したらダメ」とおっしゃっていたことが一番印象に残っています。競争相手のいない誰もやっていないことをするべきだという話に納得です。