東京大学 大学院工学系研究科
教授千葉大学 特別栄誉教授
藤田 誠先生
研究やビジネスの最前線を走る“現代の偉人”を講師に迎える「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は、化学の常識を覆す発見により、世界的な研究者として知られる藤田誠先生をお招きし、「化学は創造の学問」をテーマに講演いただいた。化学の歴史に新しい歴史を刻みたいとの思いを胸に、地道に基礎研究を続けてきた超一流の研究者は、今何を考えているのか。多くの高校生が興味深く話を聞いた当日の模様をお伝えする。
根っからの化学好きなのだと思います。振り返れば小学生のころから、自分で勝手に実験をして遊んでいました。危険な試薬を適当に混ぜたために、爆発したこともあります。その後、都立三鷹高校、千葉大学工学部合成化学科、大学院で修士課程まで学んだ後に、当時世界的に有名だった相模中央研究所に就職しました。いずれも第一希望に進むことができ、有機化学の世界で研究成果を順調に出していました。
ところがある日突然、無機材料のグループに移るよう命じられたのです。ショックを受けた私の目を開いてくれたのは、上司の「思い通りの人生なんて絶対にありえない。専門外の分野に行けば新しい世界が見えるはずだから、チャンスと思えばいい」という言葉でした。
ああ、そうか、そういうふうに考えればいいんだと思い直し、「自分が転んだ方がベスト」と受け止められるようになりました。さらに迷ったときには「直感の7割は正しい」から、直感勝負で行こうと思い切れるようにもなったのです。その後、実際に想定外の発見をすることにつながり、人生が変わりました。
新しいグループで初めて目にした無機化合物プルシアンブルー(資料1)は、有機分子では絶対につくれない整然とした美しい構造をしていました。古典的な顔料として有名で、葛飾北斎やゴッホ、ピカソも好んで使った紺青です。このジャングルジムのような規律正しい構造を、有機分子をパーツに使ってつくれないかとひらめいたのです。そんな途方もないアイデアを考えた研究者は、それまで世界のどこにもいませんでした。
まず二次元の層を合成し、続いてその立体化に挑戦しました。結果は見事に成功。しかもパーツが自発的にもっとも収まりの良い形に、勝手に組み上がりました。
非金属元素に多く見られる共有結合は安定して結合が簡単には切れないけれども、配位結合は弱い結合なので切れたりくっついたりを繰り返しているうちに最も安定した状態、つまり正方形構造にひとりでに組み上がる。これは自己組織化と呼ばれる現象です。
例えるならジグソーパズルのピースをばらまいておくと、お互いに形が合ってきちっとはまるピース同士が、自然にくっついてパズル全体が完成するイメージです。当時の化学の世界では、前代未聞の考え方であり、学会で発表しても容易には認めてもらえませんでした。
何とか決定的な証拠をと求めてたどり着いたのが「X線結晶構造解析」です。寝ても覚めても頭の中に浮かんでいた構造、その解析に遂に成功したのが30年前のこと。そのときコンピュータグラフィックスで描いた『正方形分子』は私の研究のシンボルであり、未だに使い続けています(資料2)。
自己組織化は、化学では初めての発見でしたが、生物の世界では既知の現象でした。タバコモザイクウイルスがひとりでに組み上がるシステムや、DNAの二重らせん構造などが、その典型です。
自己組織化の研究を通じて、国境を超え年齢も関係なく世界中に多くの友人、知人ができました。化学の世界では、分子の化学式は世界共通言語。たとえ言葉が通じなくても化学式を書けば、お互いわかり合えるのです。
その一人で師と仰ぐジャン=ピエール・ソヴァージュ教授が、2016年に分子機械の業績でノーベル化学賞を受賞しました。分子機械はいずれ、人の体内で病気を治療する道具として使われる日が来るはずです。もちろん、今すぐというわけにはいきません。サイエンスの世界は50年単位や100年のスケールで研究が進んでいきます。夢や空想を現実世界の出来事にするためには、それぐらいの時間が必要なのです。
化学現象を突き詰めると物理現象に行き当たり、化学現象を複雑化しネットワークでつなぐと生命現象にたどり着きます。ただし、化学には物理や生物との決定的な違いがあります。物理、生物がすでに世界に実在するものを対象とするのに対して、化学では未だ世界に無いものを創造できることです。
私の最新の研究で、化学は幾何学ともつながりました。自己組織化により立体構造をつくっているうちに、多面体ができるようになったのです。正多面体はプラトンの立体で知られるように5種類しかありません。2種類以上の正多角形で構成する多面体は、アルキメデスの立体として知られていて13種類だけです。
ところが実験を繰り返しているうちに、誰も定義していない立体ができた。従来の幾何学では考えられることのなかった立体です。それも当然の話で、このような立体は自然界には存在しなかったために考えようもなかったのです。そのため我々は自分たちでつくり出した構造の数学的な正しさを、自分たちで証明しなければなりません。
そこで研究室の准教授がゴールドバーグの多面体理論を応用して、証明してくれました。ゴールドバーグの多面体は3価の構造体ですが、我々の構造体は4価を前提とすると成立する。4価の多面体を数学者が定義しなかった理由は、そのような構造体が自然界には存在しなかったからです。
創造した物質が、理論に先行する。これが我々の研究スタイルです。化学の醍醐味は、何かを発見することではなく、自ら新しい物質をつくり出すことにあります。だから「化学は創造の学問」なのです。
テーマは「研究って、何?」
自分の考えを予備シートに記入してから議論スタート。役割分担を行って各自がチームへの貢献を意識する。それぞれのチームが一つの考えをまとめ、予選会へ挑む。
予選会
いざ予選会。原稿を作成し、自分たちの意見をしっかり伝えるために口調やスピード、声の大きさにも気を配る。
決勝プレゼン
決勝戦。予選を勝ち進んだ5チームが壇上でプレゼンを競う。「研究とは、RPGだ」「研究とは、登山だ」「研究とは、成長のプロセス」「研究とは、人生」など、多様な意見が出そろう。
優勝チーム集合写真
藤田先生が選んだのは、チームのメンバーが研究と登山の共通点を各自で出し合い意見をまとめたチーム。グループ作業であるからこそ、さまざまな視点からの意見を含んだワークシートが高い評価を得た。
千葉県 私立 東邦大学付属東邦高校2年
武田 偲芳さん
苦手になってきた化学を好きになれるかもしれないと思い、参加しました。自分が得意な数学と関係性があるお話があり、興味を持って聞くことができました。多面体を探していくお話がおもしろかったです。
東京都立 国立高校2年
松井 佳吾くん
失敗してもその先でどうするか、どうチャンスにしていくかというお話がすごくグッときました。ワークショップでは立候補して発表者となりましたが、壇上で落ち着くことができずとても難しかったです!
東京都 私立 駒場東邦高校2年
今井 諒くん
将来は光や波の物理研究をやってみたいと考えています。少し分野は違いますが研究者とはどういう方なのかという興味があって参加しました。藤田先生のお話で「ときには直観に頼ってみる」という張りつめない考え方が素敵だと思いました。