東京工業大学 地球生命研究所 教授
理化学研究所 環境資源科学研究センター チームリーダー
中村 龍平先生
今回は東京工業大学で教授を務めると同時に、理化学研究所でも研究チームリーダーを務める中村龍平先生をお招きして『「生命誕生の謎」をめぐる冒険』をテーマに講演いただいた。中村先生は2011年に、一般財団法人「フロンティアサロン」から永瀬賞(特別賞)※ を受賞されています。
中村先生の受賞対象となった研究は「深海底における巨大電池の発見」です。この研究は、中村先生がとにかく誰も知らないことをやりたいとの思いから、東大助教時代にはじめた研究でした。暗黒の深海に広がるチムニーと呼ばれる海底火山を研究の舞台とし、研究を通じて人類のエネルギー問題や環境問題の解決の糸口を探ります。世界で活躍するための視点の持ち方や学問探求の奥深さが語られた、オンライン講演とワークショップの様子をお伝えします。
※永瀬賞とは、社会に対して大きく貢献する科学技術の分野で、新しい発想で新分野を開拓する若手研究者に贈られる賞です。将来にわたって未知の領域を切り拓き、その成果が多くの人々に恩恵をもたらすと期待される方を毎年表彰しています。
1859年に出版されたダーウィンの『種の起源』では、生物に対する理解を根本から変える概念が打ち出されました。見た目のまったく異なる動物と植物の間に、共通する原理があるというのです。
生物は不変ではなく、長い時間をかけて変化するものであり、その変異を伴う世代継承を「進化」だとダーウィンは説明しました。生物は神による個別の創造物と信じられていた時代の話です。そこに打ち出された、従来の考え方を根底から覆す「すべての動植物が共通の祖先を持つ」というダーウィンの考え方は、とてつもないインパクトを与えたはずです。
ただし『種の起源』では一つ、重大な謎が残されていました。すべての動植物の共通の祖先、つまり最初の生命がどうやって誕生したかについては、何も触れられていなかったのです。もしこのような科学の根源をなす問いに答えることができれば、科学者にとって大きな喜びとなります。しかも、この謎を解ければ、人類が直面している喫緊の課題、エネルギーや環境に関する問題解決につながる可能性もあります。だから私は、生命の起源という人類に残された根源的な謎の解明に挑むと同時に、持続可能性を高めて人類社会をより良くするテクノロジーを生み出す研究に日々勤しんでいます。
そもそも科学に興味を持ったキッカケは、高校時代にニュートン力学を知ったことです。ニュートンは木から落ちるリンゴに疑問を感じて、そこから発想を一気に宇宙にまで拡げ、惑星の公転までを統一的に説明する理論を構築しました。ニュートンの壮大な構想に刺激を受けて、私も自然を支えている仕組みをもっと知りたいと思ったのです。
とはいえ受験勉強を始めたのが高3の夏ぐらいで、浪人して東京理科大学に進みました。私は大学2年生の頃から科学者になりたいと思い、猛烈に勉強を始めて修士課程で北海道大学、博士課程は大阪大学に進みました。そのあとポスドクでアメリカに行き、帰国して東京大学で教員となって今につながる研究を始めたのです。
そのキッカケは「人と競争するのではなくて、何か新しいこと、人と違うことをしよう」といってもらったこと。これはとんでもないチャンスなんです。おもしろくて創造的なことをするCreativityとは、けっして“Making something out of nothing”ではありません(資料1)。クリエイティビティとは、全く関係ないと思われていた二つの概念をつなげるプロセスです。
実は私も当時チームで取り組んでいた太陽電池の研究の傍らで、一人でひそかに光とは正反対の暗黒の世界の研究に取り組んでいました。
資料1
1979年、海底にまるで地獄のような環境が発見されました。そこは深海熱水噴出孔(チムニー)と呼ばれ、地球内部のマントルが割れ目からしみ出し、300度以上の熱水が噴き出しています(資料2)。しかも光がまったく届かない過酷な環境にもかかわらず、地球上の80%近い有機物が存在している。こんな場所で生きている生物たちに興味を持ちました。
光がないので光合成はできません。けれども有機物の材料となる水素とCO2はある。この環境を活用しているのが「化学合成生物」、CO2と水素を食べて食料や燃料を作ってくれる微生物です。深海底にいる生き物は、この微生物を食べて生きている。
チムニーに生命が存在するのなら、そこにまったく無関係に思える化学のテクノロジー、ボルタ電池をつなげると何かCreativeなことが生まれるのではないかと思いついたのです。まったく異なるものの中から、何か普遍の原理や共通性を抽出するのが科学の醍醐味です。
そもそも電池の基本原理は、還元力の高い物質から酸化力の高い物質へと電子が流れることです。そして生命の基本単位である細胞の中にも、ミトコンドリアという生命最強の発電システムがある。ミトコンドリアでは、還元力の高い有機物から酸化力の高い酸素へと電子が流れて、生命のエネルギーであるATPを作っています。
もしかするとチムニーでも同じようなことが起こっているのではないか。これが私のひらめきであり、研究の原点です。地球内部は還元的でありボルタ電池の亜鉛に、チムニーの外はボルタ電池の銅に相当します。であるなら、それらがつながれば発電する、つまりチムニーは巨大な電池として働く可能性があると考えたのです。
チムニーから採取した鉱物を調べると、驚くことに電気をよく流しました。これが私にとっての最初の発見です。さらにチムニーでは熱水と冷たい海水があるため、その温度差により熱発電できることも発見しました。そのうえで、陸上の鉱山で採取された微生物を調べると、電気を体内に取り込み、そのエネルギーを使ってCO2から有機物をつくる能力を持つことがわかりました。これを電気合成微生物と呼んでいます。
これまで世の中の一次生産者としては、光合成もしくは化学合成をする生物しかいなかったけれども、もしかすると第三の生命として電気合成生物が存在する可能性が出てきたのです。
資料2
私が密かに研究を始めてから7年の間に、海底には電気を作り出すチムニーがあり、そこでは新しい生命体の存在する可能性を明らかにできました。人類の知を一つ前進させることができたのです。そんなある日、Solvayという組織から一枚のFaxが届きました。Solvayは科学を支援している組織で4年に一度、世界中から科学者を集めて五日間ずっと議論を重ねます。ここに招かれた私は、生命誕生に関する新しいモデルを提案しました。
それまで生命誕生のモデルに関して、最も精密な理論を提唱していたのが、NASAのマイケル・ラッセル教授です。ラッセル教授は1988年に、生命はチムニーで誕生したと発表しました。ところがラッセル説には一つだけ、どうしても解決できない大きな問題が残されていたのです。
それはいくら実験を繰り返しても、CO2から有機物を作り出せないこと。そこで私が提案したのが「新・生命誕生モデル」です。海底のチムニーにある電気エネルギーを活用すれば、原理的にはCO2から有機物を作り出せるはずと考えたのです。もしこの仮説を実証できれば、ニュートンが力学で世界をすべて理解したように、電気を通じて生命の誕生からテクノロジーまでを統一的に理解できる可能性があります。
仮説を実験で確かめるため、太古のチムニーを求めて旅に出ました。アイスランドに飛び、そこからさらに北極圏へ行って、3週間に渡る野外調査を行ったのです。
凍てつくような海の底にある巨大なチムニー、そこではpH10で90℃の熱水が、3℃の海水に噴き出していました。ここで起きている現象を確かめるため岩石を採取して、徹底的に調査しました。
採取した石をCTスキャンすると、その中にミトコンドリアの膜に似た構造が見つかりました。もしかすると、ここを電子や水素イオンが流れるのではないか。海底で起こっている現象を確かめるため、海水と熱、採取した石と二酸化炭素、そして電気エネルギーを加えて実験してみたところ、CO2から有機物ができる反応が進み、グリシン、アラニン、グルタミンなどのアミノ酸が出てきたのです。
ラッセル教授の生命誕生モデルが最初につまずいたところを、開通させることができたのです。これは生命誕生の謎の解明につながる一つの、大きなステップだと考えています。
現在は「アントロポセン(人新世)」と呼ばれる、ヒトが地球を変える時代です。もし生命の起源を解明できて、人間がCO2から食料や燃料を作れるようになれば、地球史にとってとてつもなく大きな出来事となるでしょう。なぜなら、ヒトが生産者になるのだから。そのために私は研究に取り組んでいます。そしてそんな未来を一緒に実現してくれる科学者が、皆さんの中から育つことを期待しています。
テーマは【「人新世ワークショップ の時代をどう生きるか」科学・教育・社会について】
中村先生の講演後は、それぞれのチームにわかれてワークショップを開始。中村先生から与えられたテーマは【「人新世ワークショップ の時代をどう生きるか」科学・教育・社会について】。講演内容を基にメンバー一丸となって考え、発表を行った。ここでは、優勝したチームのプレゼン内容を紹介します。
伝統を継承し、個性を伸ばす教育を
私たちは日本の教育について考えました。これまでどおり継続すべきなのが礼儀・礼節です。これは今までのように大切にすべきであり、日本の伝統でもあるので、しっかりと維持していきたいと考えました。
次に、変革を考えたほうがいいのは、教育のカリキュラムです。なぜなら現状のカリキュラムは画一的で、個性が潰されてしまう可能性があるからです。
今すぐ変えるべきは同調圧力です。この同調圧力をどうやって解決するか。人には得意、不得意があること、人と自分は違うことを理解する。そのうえで協調性は大切にしながらも、自分らしさについてはしっかりと自信を持てる教育になっていけばいいと思います。
中村先生の講評
同調圧力と協調性。この両方のバランスが大切というのは、別にアメリカ式の教育が良いわけでなく、また日本式の教育が悪いわけでもなくて、やっぱり一長一短があります。それを踏まえて協調性と同調圧力のバランスが大切、といってくれたのはすごくうれしかったです。