Heartseed株式会社代表取締役社長
慶應義塾大学 医学部教授
福田 恵一先生
今回は慶應義塾大学医学部教授であり、Heartseed代表取締役社長も兼務する福田恵一先生をお招きして「科学者になりかった少年が歩んだある人生」をテーマに講演いただいた。
【ご講演内容】
福田先生は、慶應義塾大学医学部で重症心不全の心臓再生医療という新たな領域での研究に取り組み、さらにその成果を世界に展開するため2015年に大学発のバイオベンチャーHeartseed社を起業しました。
科学者になりたい――小学生の頃に芽生えた思いを胸に、高校時代からいつも、あえて困難な道を選んで歩み続けてきました。そんな福田先生は昼夜を問わず研究に取り組んだ結果、従来の心不全治療を一変させる治療法を開発。それを世界に広めるために大学教授とベンチャー経営者の二役をこなしています。良き人生には夢が必要であり、夢を実現するのは強い心だと語る福田先生の、オンライン講義とワークショップの様子をお伝えします。
私の人生を振り返ると、十代後半ぐらいから苦難の連続でした。まず高校3年生の秋に、母親が乳がんであることが発覚し、手術をしました。その後の大学受験では、合格圏内のはずだった東京大学理科一類を受験して失敗。数学のいわゆる「捨て問」を必死に解こうとして時間配分を間違ってしまったのです。
浪人を決めた二日後に今度は、父親が大吐血して入院し、胃がんだとわかりました。思いもよらないことが立て続けに起こり、親戚からは進学を諦めて就職するように言われました。
けれども、そこで諦めたらおしまいだと反発したのです。負けてたまるかとエネルギーがわいてきて、死にものぐるいで勉強に打ち込みました。文字通り「一分一秒を無駄にしない」集中ぶりのおかげで、模擬試験のつもりで受けた慶應義塾大学医学部に合格し、東京大学理科一類にも合格。
悩んだ末に選んだのが医学部の道です。当時闘病していた父親が大変喜びました。これも何かの縁と考え、お金のことは頑張れば何とかなるだろうと思いました。あえて試練の道を進むと、医学部1年生の夏に父親が他界し、3年生のときに母親が乳がんの脳転移で入院します。バイトで自分と弟の二人分の学費と生活費を稼ぎ、弟の面倒もみていました。夜は母親の看病のため4人部屋の簡易ベッドに寝泊まりし、薄暗い待合室の灯りの下で勉強を続けました。
この頃がおそらく人生で最もつらい時期だったと思います。だからこそ、それ以降はどんな苦しい場面にあっても、大した困難だとは感じないようになりました。
「一生懸命だと知恵が出る。中途半端だと愚痴が出る。いい加減だと言い訳が出る」――この言葉に励まされながら大学時代を過ごしたのです。
資料1
医学部を卒業し循環器内科医として、まずは良き医者を目指しました。その後大学院に進んで基礎研究の奥深さやおもしろさに触れ、ふいに幼い頃の思いがよみがえったのです。小学生時代に科学の雑誌やSF名作シリーズが大好きだった私の夢は、研究者になることでした。
ちょうどそんなとき、井上寛治教授の講演を聴いて衝撃を受けました。井上先生は僧帽弁狭窄症を治療する画期的な治療法と、そのための機器「井上バルーン」を自ら開発されたのです。医学研究の先には、新しい治療法開発があり、これまで誰も治せなかった病気を治療できる道が開かれている。この気づきが私を研究に向かわせました。
さらに決定的だったのが、まだ27歳なのにいわゆる心不全、拡張型心筋症となってしまった患者さんとの出会いです。1986年当時、こうした患者さんに対しては心臓移植以外に治療法はありません。私は医師なのに、浮腫みを取って少し楽にしてあげるぐらいしかできなかったのです。
心不全の患者さんを何とかして救いたい。新しい治療法開発には最先端の遺伝子レベルでの研究が必要だ。そう考えた私は留学を決意し、教授の反対を振り切って、まず国立がんセンター研究所に国内留学します。ここで基礎を固めた後、ハーバード大学医学部へ留学し、続いてミシガン大学心血管研究センターで学びました。世界最先端の研究に触れると同時に、アメリカに留学に来ていた世界中の優れた研究者仲間と知り合いになることができました。
この間に得た何よりの財産が「情熱を持って研究している者は必ず成功する」という信念です。
心不全を救う治療法がないのなら、自分で開発しよう。そう決心した私は、世界でまだ誰も試みていない心筋細胞の再生を研究テーマに定めました。骨髄の中にある細胞を使って心筋を作るのです。1995年に研究を始めて、四年後に骨髄細胞の心筋化に成功しました。これが世界的な心臓再生ブームを引き起こし、国内のテレビや新聞に大きく取り上げられ、世界数十カ国から招かれて各地で講演を行いました。
ただ残念ながら、この細胞は大量に増やせないため、医療産業につながらない欠点も明らかになりました。心不全の患者さんを救うために、何としてでも心筋細胞を大量に作らなければなりません。
そもそも心不全とは、心筋細胞が壊死して心筋が不足するために起こる病気です。これを治療するには、心筋細胞を再生すればよいわけです(資料1)。今度はiPS細胞を使い、再生医療に必要な心室筋細胞の製造に成功しました。ここからが本番です。
次の課題は、iPS細胞から心筋細胞を作ったときに発生する、余計な細胞を取り除くこと。この未純化細胞も一緒に心臓に移植してしまうと、腫瘍となるのです。この問題は心筋細胞とiPS細胞の性質の違いに着目し、培養液を工夫して解決しました。
ようやく人に移植できる再生心筋細胞ができたとはいえ、実際の移植治療に使うには大量の細胞が必要です。そこで自動大量培養プラントを開発しました(資料2)。プラントは現在、第2世代の開発に取り掛かっていて、一回で10億個の心筋細胞を生産できます。
心筋細胞を用意できれば、次は移植方法を考える必要があります。心筋細胞は非常に弱いため、普通に心臓に移植したのではすぐに死んでしまうのです。この問題を解決するために、心筋細胞を球状の塊にして移植する方法を考えました(資料3)。この心筋球移植により、細胞生着率は飛躍的に高まりました。
マウスで移植実験を行うと、移植した心筋細胞が成長して大きくなる様子が明らかになりました。生理的肥大と呼ばれる現象で、ヒトのiPS細胞から作った心筋細胞は、マウスできれいに生着しました。ヒトの心臓でも同じ結果を期待できます。
そこでいよいよ2022年から臨床試験を開始します。拡張型心筋症の患者さん3名を対象に、京都大学のiPS細胞研究所が製造したヒトiPS細胞を元に、私たちの技術で高純度なヒト心室筋による心筋球を作ります。そして5000万個の細胞を、特殊な移植針を使って患者さんの心臓の筋肉の中に直接移植するのです。
事前にカニクイザルで行った実験では、移植した心筋細胞は心臓内できれいに生着し、移植後の心機能の改善効果も明らかになっています。気になるのは移植による不整脈の発生ですが、少なくともカニクイザルの場合は問題となるような不整脈は出ていません。
資料2
心臓病治療を発展させるためには、人づくりと物創りが欠かせません。大学人としては研究に取り組むのはもちろんのこと、後に続く人材育成にも力を入れてきました。その結果、日本の循環器病学を支える人材として、研究室からはこれまでに20人の大学教授を輩出しています。
一方で物創りとしては、心臓再生医療を具現化するために、バイオベンチャーHeartseed社を設立しました。私のようなアカデミア人材が、大学発のベンチャーを設立する何よりの意義、それは臨床のニーズを正確に理解したうえで、最先端の研究を実践できる点にあります。同時に若手の研究者たちのキャリアパスとして、アカデミアでの教授という極めて狭き門を目指す以外にも、自分の能力を生かせる道を示してあげたいとも考えました。
2015年11月にHeartseed社を設立するまでに、特許技術を開発して市場調査を行い、パートナーを見つけて組織を作り、出資者を募って資本調達を行いました。その後規模を大きくするための、さらなる資金調達や経営人材の確保などにも努めてきました。
そのうえで開発した治療法を世界中の心不全患者さんに届けるために、海外企業との業務提携にも取り組みました。おかげで世界第3位の製薬会社ノボ・ノルディスク社と提携し、Heartseed社は開発の進捗に合わせて最大で総額660億円のマイルストーン収入を獲得できる可能性があります。
研究者になりたい。小学生の頃に抱いた夢を実現するため、苦労を重ねながらも、患者さんを救うという揺るぎない決意に導かれてここまでやってきました。医学に限らずサイエンスによる新たな物創りが、これからの日本には何より必要です。皆さんも大学で研究に打ち込めば、世界中の人に役立つ成果を出せます。そのことを忘れず、頑張ってください。
資料3
【独創的なものを創り出すためには、何が必要か】
福田先生の講演後は、それぞれのチームにわかれてワークショップを開始。福田先生から与えられたテーマは【独創的なものを創り出すためには、何が必要か】。講演内容を基にメンバー一丸となって考え、発表を行った。ここでは、優勝したチームのプレゼン内容を紹介します。
ドラえもんの秘密道具はどうやったら創り出せるのか
まず独創的なものとは何か。私たちは「ドラえもんの秘密道具」だと考えました。20代の約8割が、このドラえもんの秘密道具をほしいというデータもあります。
では、これをどうやって創り出すのか。これまで不可能とされてきた固定観念を壊すために、次の三つの力が必要です。第一は観察力と考察力。人と多く関わり、さまざまなことに関心を持つ中で、秘密道具の構造を考える力です。第二は行動力。目的と信念、自己肯定感を持って体験を積み重ね、そこで得た知見を大切に次に生かしていく力です。第三は自分を知る力。まわりの人の意見も大切にしながら、自分の強みを知る。三つの力の中でも特に大切なのは、行動力です。私たちは「とにかくやってみる」を大切にしたいと思います。
福田先生の講評
要領よくまとめられていて、わかりやすいパネル説明だったと思います。まず大きなテーマをどーんと掲げて、それを実現するためのステップが具体的に示されているプレゼンには、人を引き込む力があります。聞いているうちに、ドラえもんの秘密道具を将来きっとつくってくれるんじゃないかと、期待させてくれる素晴らしいプレゼンでした。