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トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2023年6月号

世界の“アート”になった日本の漫画
言葉を磨き、個性を見抜く漫画編集者
(堀江 信彦先生)

株式会社コアミックス 代表取締役社長
株式会社じぞう屋 代表取締役社長
株式会社熊本コアミックス 代表取締役会長

堀江 信彦先生

【ご講演内容】

2023年3月25日、漫画の編集・漫画雑誌の出版を目的とした株式会社コアミックスを設立した堀江信彦先生によるトップリーダーと学ぶワークショップをオンラインで開催しました。

日本の漫画、世界で消費を巻き起こす

皆さんのように若い人たちが漫画を読む、これは日本ではごく当たり前の風景です。では日本以外の世界で、漫画がどのように受け止められているか知っていますか。

海外での漫画の売れ行きは、雑誌から電子書籍の時代になって一変しました。週刊誌なら翻訳し印刷して、配本して書店で売ってもらわなければ、日本以外の読者には届きません。ところが電子書籍なら翻訳するだけで、世界中の人に読んでもらえます。実際、電子書籍の約8割は漫画です。

しかも日本では単なる「漫画」ですが、海外では「アート」として受け止められています。おかげで漫画のキャラクターを使ったビジネスが、実はとてつもない市場規模になっているのです。

例えば私が編集を手がけた『北斗の拳』、海外では『Fist of The NorthStar』として知られていますが(資料1)、この漫画に登場するキャラクターを使った商品が世界中で数多く販売されています。その結果、コンテンツのライセンス料や許諾案件の総収益がいくらぐらいになるか。1ドル130円で計算すれば、ざっと3兆円です。世界メディアミックス総収益の1位は日本のポケットモンスターで、10兆円以上の収益があります(資料2)。これは国家予算に近い額であり、世界でいかに高く評価されているかがわかるでしょう。 その国では高い価値を認められていないものが、ほかの国では宝物扱いされる。同じような事例は9世紀の渤海国でも起こっていました。この国はシルクロードの最終地点であり、ここでガラス製品と金の交換が行われていたのです。ガラスと金では値打ちが釣り合わない、と考えるのは現代人だから。ガラスを運んできたアラブの人たちにとっては金が何より貴重なものであり、逆に国内で豊富に採れた金を持って渤海国まで出かけていった日本人にとっては、ガラスがこの上なく貴重、だから取引が成立した。漫画のキャラクターも同じです。日本国内ではそれほど高い価値を認められていなくても、世界の人たちは漫画のキャラクターをとても高く評価しているのです。

資料1

資料1

漫画の原点をつくった
天才、手塚治虫

日本の漫画を生み出した第一人者は手塚治虫さんであり、それに続くのが、漫画家が集まった伝説のアパート『トキワ荘』で暮らした藤子不二雄さんや赤塚不二夫さんたちです。

最初に手塚先生が、映画をヒントに革命を起こしました。映画を作るときには、各シーンをどのように撮影するのかを示す絵コンテが描かれます。これは原稿用紙に情景とセリフなどがざっと描かれた絵です。この絵コンテを漫画に仕立て上げたのが、手塚先生だったのです。

といっても手塚先生は、最初から漫画を描こうとしていたわけではなかったようです。本当は動画のアニメーションを創りたかった。けれども、そのためには膨大な枚数を描かねばならず、人手がかかり、お金もいる。そこで動画のコンテを連ねて漫画とした。

このとき手塚先生たちは、人間の脳の錯覚や補正能力をうまく活用した描き方をしました。この描き方がすごかった。うまい作家の漫画を読んでいるときは、自然に次のコマへと目が誘導されていくはずです。スマホなどの縦スクロールで読む漫画と、雑誌を広げて右上から左下に向かって読んでいくときでは、実は脳の働きや生体反応が異なるのです。私たちは東京大学や電気通信大学と漫画の科学的な研究に取り組んでいて、その成果によれば、縦読みに比べて右上から左下へと読んでいくときのほうが、感動が大きくなります。

もう一つ、日本には漫画を受け入れやすくなる特有の素地があります。それは漢字です。漢字はある意味、とても面倒くさい言葉でもあります。

例えば「愛」の読み方を考えてみてください。「愛(め)でる」「愛(いと)しい」「愛(まな)娘」「愛(え)媛県」と読み方が、たくさんある。とはいえ「愛」の文字自体は象形文字から生まれた漢字で、よちよち歩きでついてくる我が子を見守る母の姿から作られました。だから日本人なら「愛」という漢字を見るだけで、なんとなく温かい感情が伝わってくる。

多様な読み方を持つ漢字に育まれた日本人の感性を、うまく活用しているのが漫画の吹き出しです。例えば『北斗の拳』では「強敵」のふりがなにわざわざ「とも」と書いた。このふりがなで、このシーンに込められた作者の思いが確実に伝わります。このように漢字をうまく使うのも漫画の特徴です。

対等な漫画家と編集者
“良い作品”だけでは売れない

なぜ日本で漫画がビッグビジネスに発展したのか。そのカギを握っているのが、実は漫画編集者なのです。

編集者というと、どんなイメージを持っているでしょうか。漫画家の先生のところに原稿を取りに行き「先生、早く描いてくださいよ」などと言って徹夜で待ち、ただ原稿を運んでいる。

そんな編集者がいたら失格です。編集者が何よりもやるべき仕事は、担当する作家を理解すること。どのような考えを持ち、何を好んでいて、どんな癖を持っているのか。相手を理解できていれば、吹き出しのセリフを読んで「この言葉で表現したい本当の意味は、こういう内容だな」とわかる。漫画家の思いを一般の人向けに伝わりやすい言葉に翻訳できるから「先生、この言い方だと、先生をよく知っている私なら理解できるけれど、多くの人にわかってもらうためには違う言葉のほうがいいですよ」と的確にアドバイスできて作家も納得する。

このように作家と対話しながら、作品を、特に言葉を磨き上げていく。これが編集者の担っている役割です。だから何よりもまず手間と時間をかけて、漫画家を理解しなければなりません。

私が担当していた『北斗の拳』の原哲夫さんの場合なら、『北斗の拳』の前にモトクロスの話を描いていました。これが最初は受けなかったけれども、少しずつ人気が出てきた。編集長から「もっと続けてもいいぞ」と言われたが、私は原さんに相談せずに「予定どおりに終了させてください」と申し出ました。なぜなら、原さんの個性や感覚を理解していた私はこんなもんじゃない、もっとすごい漫画を描ける人だと確信していたからです。そして生まれたのが『北斗の拳』でした。

単に良い作品ではだめなのです。良いだけではなく、時代に受け入れられる優れた作品でなければならない。その空気感をいかに取り込めるか。これは至難の業であり、だからこそ漫画づくりにはチームプレイが求められる。編集者、アイデアマン、データを扱う人、そして漫画家からなるチームであり、そのまとめ役が編集者です。

漫画編集者が職業として存在しているのは、日本だけです。優秀な編集者は、いろいろな漫画家とチームを組んで何本もヒット作を創り出す。そんな編集者に求められるのは、絵を描く能力ではなく、言葉を研ぎ澄ます力です。だから漫画の世界では、漫画家を育てるのはもちろんだけれど、優秀な編集者を育て続けるのも極めて重要な仕事なのです。

未来の漫画家や編集者を育てる一環として、熊本県立高森高校の「漫画関連学科」新設による高校魅力化プロジェクトに参加して、実践しています(資料3)。自治体と協力関係を結び、公立高校では日本初となる「マンガ学科」を新設しました。漫画出版社が持つ人間形成力を含めた実践的なノウハウを高校生たちに教えることで、熊本から世界に通用するクリエイターを生み出す活動を行っています。

 
 

資料2

  資料2  
 

資料3

  資料3  

個性は多面体である
漫画家の魅力を見抜け

編集者に求められる、もう一つ大切な資質があります。それは漫画家の個性を見抜く力です。ただ日本では、どうも個性が誤解されているようです。

個性といえば、生まれつき自分だけに備わった唯一のものであるとか、あるいは自分の中にある自分が好きな部分、などと受け止められがちです。これは私に言わせれば「個性偏重の罠」、人の成長を拒むおそれがあるので引っかからないよう注意してください。

なぜなら、人間の個性とはけっして単一ではなく、多面体として捉えるべきだからです。多面体だから当然、光の当たり具合によって輝く部分は変わってきます。もっとも輝く面こそが、その人が大切にすべき個性です。ところがたいていの場合、本人はその面を好んでいない。

漫画家に例えるなら、好きなテーマで好きなように描かせると、往々にしてつまらない作品になります。ところが作品をよく見ると、主人公より脇役が魅力的だったりする。そこで描き直すとヒットする。大切なのは「作家自身が良い」と思っているポイントではなく、「読者が良い」と共感してくれる点を見つけること。これこそが個性であるべきで、その個性を見つけるのも編集者の役割です。自分の個性の捉え方について、皆さんも一度考え直してみてはいかがでしょう。

人間がものを考えるとき絶対に欠かせないのが言葉です。例えば先ほど例に出した「愛」についても、考えを深めるためには言葉が欠かせません。言葉を磨いて、大切にする。何かを表現するときはいつも「これしかない」と思える言葉を探す。そこで妥協しなければ、言葉に対する感覚を研ぎ澄ましていけます。

「考える」とは「かむかう」という言葉から生まれました。「かむかう」とは彼方に向かうという意味であり、つまり目標に向かう動きを意味します。自分が興味を持ったテーマ、知りたい内容を考えるためには会話が必要です。アイデアは会話から生まれるのです。

会話は可能な限りいろいろな人としたほうが良い。学校の先生や先輩、友だちや仲間、後輩など会話する中で人は成長していきます。ぜひ皆さんも、会話して言葉を磨いて、自分の個性を見つけて成長してください。そして、皆さんの中から、日本を代表する次のヒット漫画の編集者が生まれてくれれば、これほど嬉しいことはありません。

ワークショップ【優勝したチームのプレゼン内容】

さあ、皆さんで「必殺技」を考えてみてください。

私たちが考えた技は「ロストスピーシーズ」です。舞台は環境を破壊されて荒廃した近未来の地球です。元の環境を取り戻そうとする主人公たちと、人類の発展のためだと環境をないがしろにする人たちとの戦いです。「ロストスピーシーズ」とは、絶滅した生物の習性や絶滅の危機にある生物の特徴などに基づいて繰り出される技です。例えばゾウガメなら体を硬くして強くなれるし、たくさん寝るコアラは相手を眠らせ、寄生虫は宿主に寄生して相手を操る。ただ制限もあり一人は一種類の動物の技しか使えず、連続して使うこともできません。

ワークショップの写真

ワークショップ【講評】

先生の講評

絶滅危惧種が願いを込めて自分の能力を主人公に託す、この筋立てがドラマになりやすそうです。また、動物の特徴が人間に乗り移って、動物の形に変身して戦う姿などは、漫画の絵になりそうです。やはり漫画の本分は絵ですから、絵になりやすい、絵にしておもしろいアイデアを評価しました。

スゴイ大先輩に学ぼう

タイトル

ナガセの教育ネットワーク

教育力こそが、国力だと思う。