ワシントン大学(米国ミズーリ州・セントルイス)医学部
発生生物学部門 医学部部門教授
一般財団法人プロダクティブ・エイジング研究機構代表理事
今井 眞一郎先生
【ご講演内容】
2023年4月29日、いま世界的に注目されている老化・寿命研究のパイオニア今井眞一郎先生によるトップリーダーと学ぶワークショップをオンラインで開催しました。
日本の将来について、強い危機感を持っています。なぜなら研究の分野では、日本の力がどんどん落ちているからです。例えば世界で発表される研究論文の中でもトップクラスの論文については、中国がものすごい勢いで発表数を増やしています。これに対して2002年頃にはアメリカに次いで2位だった日本が、今でははるか下位に沈んでしまいました。
日本のサイエンスの退潮ぶりは、人口100万人あたりの博士号取得者数にも表れています。アメリカや韓国、中国の取得者が増えているのに対して、主要国の中で日本だけが減っています。一連の事実は、国力の衰えつつある日本の状況を反映しています。現状のまま放置しておくと、今後少子高齢化が進む日本社会で、かなり複雑で大きな問題を引き起こすでしょう。
そうならないためには、若い世代がリーダーシップを発揮し、日本を再び引き上げなければなりません。皆さんにはぜひ「自分が将来、リーダーとして起つんだ」と強く意識してもらいたい。では、どうすればリーダーとなって自分を成長させていけるのでしょうか。
リーダーとして起つときに何より大切なのはビッグ・ピクチャー、すなわち何としても成し遂げたい大きな目標を持つことです。ビッグ・ピクチャーは、誰が聞いても「それは確かに重要だ」と納得してくれるものでなければなりません。大事だけれどもどうすれば達成できるのかが、まだ誰にもわからない。重要かつ未知の問題を自分で探し出し、ゴールに到達するための道筋を考える、それこそがリーダーです。
そんなリーダーが自分の力をさらに高めるためには、プライオリタイゼーション、コミュニケーション、オーガナイゼーションの三つが欠かせません(資料1)。
まずプライオリタイゼーション、すなわちやるべきことに優先順位をつけます。課題が10個あるなら、それに順番をつけてこなしていく。順番をつけると、次はその実行法を考えなければなりません。一人では実行できないから、自分と一緒にプロジェクトを進めてくれる人とコミュニケーションを取る必要があります。続いて実行する段階では、人材とお金や時間などのリソースを効率的に組織化する必要があります。その際に最も大切なのが、自分自身に期限を区切る時間のコントロールです。
資料1
では、私はどのように研究をリードしてきたのか。私は1987年から「老化と寿命のメカニズム」をテーマとして研究に取り組んできました。なぜ人は老化するのか、どのようなメカニズムで寿命は決められているのか。この問いの答えを出せれば、人類に大きなインパクトを与えられる、まさにビッグピクチャーです。とはいえ36年前に、こんなテーマの研究方法をわかっている人は、世界中に一人もいませんでした。
そんな状況でまず私は、基本的な三つの疑問を設定しました(資料2)。第一は、老化・寿命をコントロールするセンターのような臓器や組織は存在するのか。第二は、仮にコントロールセンターがあるなら、それはほかの臓器や組織とどのように連絡を取っているのか。第三は、どのようなシグナルや因子が、老化・寿命の制御に関わり臓器や組織と連絡を果たしているのか。この三つの疑問の解明に取り組みました。
研究を進めた結果、2009年に発表した概念が「NADワールド1.0」です。これは重要な三つのものを結びつける全身のシステムです。具体的には「NAD」と呼ばれる物質の代謝メカニズム、およそ24時間周期の体内リズムである「サーカディアンリズム」、そして「老化と寿命の制御」の三つです。これらを結び合わせる働きを持つ全身性のネットワーク、これがNADワールドです。
NADワールドにおいて、重要な役割を果たしている酵素が二つあります。代謝をコントロールする酵素「サーチュイン」とNADをつくるために必要な酵素「NAMPT」です。サーチュインは代謝をコントロールするうえでとても大事な働きをしていて、その働きにはNADが必要です。そのNADを体内でつくるのがNAMPTですから、NADワールドではサーチュインとNAMPTが車の両輪のようにお互いに協調的に働いて、システムをコントロールしているのです。
資料2
2013年に私の研究室ともう一つ別の研究グループが、偶然同じ結論に到達しました。すなわち、視床下部が哺乳類の老化、寿命のコントロールセンターであると明らかになったのです。この結論に基づき、NA Dワールドを2.0にバージョンアップしました。
視床下部から骨格筋に送られる信号により、筋肉の機能が衰えずに維持されます。その視床下部の機能を支えるために、脂肪が重要な役割を果たしていることもわかりました。視床下部、骨格筋、脂肪組織は一連のシステムとして動いているのです(資料3)。
このシステムにおけるサーチュインの特異な働きを証明したのも、老化研究における私の大きな貢献の一つです。サーチュインは代謝をどのようにコントロールしているのか。タンパク質に関わる化学的修飾の一つにアセチル基があります。サーチュインは、NADを使ってアセチル基を取る働きをしているのです。
このメカニズムを世界で最初に発見したのが私です。それも予想とはまったく逆の実験結果から突き止めました。それまでサーチュインは、タンパク質に何らかの物質をくっつける酵素だと考えられていました。ところが現実は違いました。実験結果をみれば、サーチュインが、タンパク質から何らかの物質を取り去っているとしか考えられなかったのです。
まったく予想もしない事態に出くわした私は、自問自答を徹底的に繰り返しました。自分がやってきた実験、その考え方、実施したプロセスに絶対に正しいという自信があるかどうか、自分を問い詰めました。その結果、絶対に自分はミスなど犯していないと自信が持てた。だから実験結果を発表すると大きな反響を呼び、世界中の研究者が、サーチュインの研究に取りかかるようになりました。やがてサーチュインが老化の制御に重要なタンパク質であることが明らかになったのです。
全部で7種類あるサーチュインの一つ、SIRT1をマウスの脳にだけ注入して量を高めると、老化が顕著に遅れて長寿になりました。つまり寿命を伸ばすためには脳が重要であるとわかったのです。さらに詳しく調べると、脳内の視床下部にある神経細胞をSIRT1が活性化させているとわかりました。活性化された神経細胞から、骨格筋にシグナルが送られると何が起こるのか。体の活動量が高まり、酸素消費量を向上させ体温を上げて活発になる、つまり若い頃のように行動できるのです。ということはこの能力を保てば、老化を遅らせて寿命を延ばせる可能性があります。
ただしSIRT1が活動するためにはNADが必要です。NADは、NAMPTによってビタミンB3からNMNという物質を経て作られます。つまりNMNがあれば、SIRT1は活性化される。だからNMNが今、最も有望な抗老化物質として注目されているのです。
資料3
NAMPTは脂肪組織から分泌され、eNAMPT(eは細胞外を意味します)として血液中を大量に巡っています。これがさまざまな臓器に到達すると、そこでNAD合成を活性化します。ただしeNAMPTは加齢とともに減っていくことがわかっています。
では若いマウスからeNAMPTを取り出して、高齢のマウスに打つとどうなるか。劇的な抗老化作用が起こって、寿命が延びました。このメカニズムを人に応用できれば、次世代の抗老化療法となります。
このように研究を進めてきた結果、今NADワールドはバージョン3.0に到達しています。ここで明らかになりつつあるのが、視床下部と脂肪組織の間には、老化と寿命を制御するフィードバックループがあるということです。さらに特定の神経細胞の働きをコントロールした結果、マウスの個体の老化と寿命を制御できるようにもなりました。
またNMNをマウスに飲ませると、抗老化作用があることもわかりました。では人にNMNを与えるとどうなるのか。最近の研究ではホルモンの働きがよくなったり、骨格筋を再生する作用が高まったりするなどの成果が明らかになっています。NMNの抗老化作用については、さらなる研究を進めているところです。
一連の研究成果は、日本にこれから訪れる超高齢社会に役立つものです。高齢者が生き生きと活躍できる社会をつくるため、これからも研究をリードしていくつもりです。
可能性に満ちた皆さんも、何らかの分野で世界的なリーダーシップを発揮してください。未来の日本を、ぜひ皆さんのリーダーシップで救ってもらえれば、これほど嬉しいことはありません。
抗老化が実現されたら社会にどんな変化が起こるのだろうか
①ディスカッション
グループに分かれて、自分の考えを予備シートに記入してからディスカッション開始。それぞれがチーム内での役割を担いながら、全員が課題に対するチームの方針を明確にして予選会に挑む。
②予選会
リハーサルを済ませていざ予選会。原稿を作成し、チームの意見を伝えるため、口調やスピード、声の大きさにも気を配る。ワークシートの書き方にも工夫が必要だ。
③決勝戦
決勝戦。予選を勝ち進んだ6チームが壇上でプレゼンを行う。
④優勝チームの発表
いよいよ優勝チームの発表。優勝したチームは「若者が活躍できなくなるのではないか」という点に焦点を絞って発表を行った。
先生の講評
「問題点をあえて一つに絞り込むことによって、非常に詳しくロジカルに考察を進めているという点が大変素晴らしいと思いました」と今井先生は講評した。