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トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2023年10月号

私の研究者人生、
興味・継続・革新
(坂口 志文先生)

大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授
京都大学名誉教授
レグセル株式会社 設立 最高技術責任者

坂口 志文先生

【ご講演内容】

今回は、がん撲滅につながる「制御性T細胞」の発見者であり、ノーベル賞の有力候補でもある坂口志文先生をお招きして「私の研究者人生、興味・継続・革新」をテーマに、免疫研究の大きな可能性についてご講演いただきました。

病魔から体を守る免疫

コロナ禍のおかげで、免疫という言葉が一気に多くの人に知られるようになりました。その意味は、文字通り「疫(災い、苦しみ)を免れること」です(資料1)。だから免疫学の研究は、新型コロナのようなウイルスや細菌から、いかに体を守るかをテーマに進められてきました。その歴史のなかでは、日本人研究者も大きな貢献をしています。1890年に破傷風菌の毒素を中和する抗体すなわち抗毒素を、世界で初めてつくったのが北里柴三郎です。

このような抗体を予防接種でつくって免疫力を強化すれば、さまざまな感染症を予防できます。将来的には、免疫力によるがんの予防や治療の可能性も期待されています。

免疫反応に関わるリンパ球は二種類、T細胞とB細胞があります。T細胞とは胸腺(Thymus)でつくられるリンパ球で、いくつか種類があります。そのうちのキラーT細胞は、ウイルスなどに感染した細胞を丸ごと殺します。B細胞は骨髄(BoneMarrow)でつくられ、体内に侵入した病原体(抗原と呼びます)を排除する抗体をつくります。このときにはヘルパーT細胞がB細胞をサポートし、免疫反応を強めます。これらのリンパ球はリンパ管を通って、常に全身を巡っています。だから体に病原体や異物などが侵入したときには、即座に対応してくれるのです。

ワクチンを予防接種しておくと、特定の病原体に対する抗体があらかじめ体の中につくられ病気の発症を防げます。これまでにさまざまなワクチンが開発され、まず天然痘が撲滅され、続いてジフテリア、小児麻痺、はしかなどがほぼ撲滅されてきました

免疫反応とは、生体を防御するための強力なメカニズムであり、多様な抗原に打ち克つ仕組みです。一度獲得した免疫は記憶として残るため、次に同じ抗原が侵入したときには直ちに対応してくれます。また、自己と非自己を区別できるため、例えばウイルスに対しては攻撃はするけれども、基本的に体内の他の細胞をむやみに攻撃したりはしません。

資料1

資料1

体を守る免疫が
ときには体を壊す

病原体から体を守ってくれる免疫ですが、ときに自分に向かって反応してしまうケースがあります。その結果、関節リウマチや1型糖尿病などの自己免疫疾患を引き起こし、あるいはアレルギーや炎症性腸炎などを起こす場合もあります。例えば春になると花粉症に悩まされる人がいますが、これは花粉に対して、本来なら不要な免疫反応を起こしてしまうために起こるアレルギーです。あるいは人の腸の中には腸内細菌が大量にいますが、これらの細菌に対して免疫反応により炎症を起こしてしまうと、お腹が痛くなり下痢が止まらなくなります。これが炎症性腸炎です。

臓器移植の際にも、免疫反応が問題となります。せっかく譲ってもらった貴重な臓器なのに、免疫が反応して受け容れないため結果的に有効な治療とならないケースがあります。逆に自分の体内にできたがん細胞に対しては、自己とみなされるため効果的な免疫反応が起こりません。もしがん細胞を免疫で攻撃できるようになれば、効果的な治療法となる可能性があります。

免疫はとても不思議な現象です。人の腸内には100兆個もの腸内細菌が生息しているけれども、その細菌に免疫反応を起こす人はごくわずかです。ステーキやチキンなどはごく普通の食材ですが、元はといえばほかの動物のタンパク質ですから、これに対して体内で免疫反応を起こしてもおかしくありません。実際、卵アレルギーなど特定の食べ物に対してアレルギーを起こす人もいます。けれども多くの人は起こさない。そこには免疫反応を抑える何らかのメカニズムがあるはずです。

私が研究に取り組んできたのは、この免疫を抑えるメカニズムの解明であり、これを「免疫自己寛容」と呼びます。自己と反応する危険なリンパ球を、免疫系が処理する方法は、排除、不活化、抑制の三つがあり、なかでも私が研究対象に選んだのが抑制です。

 

資料2

  資料2  

免疫を抑える
制御性T細胞を発見

免疫が体内で抑制されるメカニズムを研究するため、マウスを使って実験を行ってきました(資料2)。まず正常なマウスと、T細胞のないマウスの2種類を用意します。正常なマウスからT細胞を取り出して、そのままT細胞のないマウスに入れてやると、入れられたマウスは元気になります。ところが特定のT細胞を取り除いて入れると、入れられたマウスは免疫反応を起こして自己免疫疾患や炎症性腸炎を発症しました。

つまり特定のT細胞は、免疫反応を抑える働きを持っているわけです。このようなT細胞を「制御性T細胞(Treg)」と名づけて、最初に論文発表したのが1982年です。

それからも研究を続けて、表面にCD25というタンパク質(マーカーと呼びます)を持っているT細胞が、自己免疫を抑制することを発見しました。だから同じT細胞でも、CD25を持たないものだけを入れると、炎症性腸炎などさまざまな自己免疫病を起こすのです。最初に制御性T細胞の論文を出したときには、ほとんど注目されなかったけれど、CD25についての論文を出すと状況が変わりました。制御性T細胞を分子マーカーで定義できるようになり、誰もが同じ実験ができるようになったため、研究者が増えたのです。

次の課題は、制御性T細胞を生み出す遺伝子の解明です。実験を繰り返した結果、見つけた遺伝子がFoxp3です。つまり普通のT細胞でもFoxp3を発現させれば、制御性T細胞となる。だからFoxp3を使いこなせるようになれば、自己免疫疾患などを阻止する可能性が出てきます。

さらに期待できるのが、がんの治療です。がん細胞は体内にできるため、つまり自己の細胞と見分けがつかないために免疫の攻撃を免れています。そこでがん細胞に対してだけ制御性T細胞の働きをピンポイントで抑えられるようになれば、免疫ががん細胞をやっつけてくれる可能性が出てきます。自分の免疫でがんを攻撃できれば、安全で効果的、しかも簡便な免疫療法の開発につながると期待されています。

 

資料3

  資料3  

生命現象の魅力
研究を治療の最前線へ

自己免疫疾患やアレルギーの増加については、一定の傾向が明らかになっています。1950年ぐらいからの統計を見ると、感染症が明らかに減ってきているのに対して、自己免疫疾患が増えている。あるいは国民総生産の大きさと、自己免疫疾患やアレルギーの有病率には逆相関が見られます。つまり経済的に豊かになると、制御性T細胞が弱くなっているようなのです。この現象は衛生仮説と呼ばれています。

免疫は、自己と非自己に対して働きます。自己に対する働きが強くなると自己免疫疾患となり、非自己に対して強く働くとアレルギーを起こします。反対に自己に対する働きが弱くなるとがんの増殖につながり、非自己に対して弱まると感染症を引き起こす。これらのバランスをコントロールしているのが制御性T細胞です。

だから制御性T細胞には、がん免疫療法への期待がかけられているのです(資料3)。つまりがんの初期段階では制御性T細胞の働きを抑え、免疫反応によってがんを攻撃します。制御性T細胞を減らす薬を開発して飲み薬のように使えるようになれば、コストも抑えられて効果的ながんの免疫療法となる可能性があります。

また移植治療についても、制御性T細胞が貢献できる可能性があります。マウスを使った実験では、移植の際に制御性T細胞を入れると、免疫反応を抑えられました。このように免疫系のメカニズムを解明していけば、医学に大きく貢献できます。

例えば出血時には血が固まりますが、これは体内にある血液を固まらせる分子の働きです。その分子が体内の血管の中にあるときには、血液を溶かすメカニズムとのバランスが保たれているため、固まったりはしません。T細胞についても、同じような微妙なバランスが働いていると考えられます。

このような研究に、私はすでに50年近く取り組んできました。研究とは、とにかく時間のかかるものです。しかも科学の世界は常に現在進行形であり、新しい疑問が次から次へと出てきます。疑問を自分なりの問題へと練り上げるためには時間が必要です。またサイエンスは一人でやるものではありません。何が本当で何が正しくないかをみんなで判断する必要があります。

私は大学を定年退職しましたが、これまでの研究成果を生かすために企業を立ち上げました。これからも何かで世の中に貢献できるよう頑張っていきます。

ワークショップ【優勝したチームのプレゼン内容】

これまで誰も発見できなかったものやことを、どうやったら見つけ出せるか

テーマを聞いたときに抽象的すぎたので、そもそも、なぜこのような疑問が生まれるのかを考えてみました。その結果、新しい何かを発見できれば、自分たちの暮らしにプラスになると気づき、テーマを日常に絞って考えてみました。その結果たどり着いた答えが「一般論に対して疑問を持って、日常を深掘りする」です。具体的には、当たり前のことに疑問を持つこと、新しい価値観を持つこと、そして先入観をなくすこと。この三つができるようになれば、日常を深掘りできるようになると考えました。

ワークショップの写真

ワークショップ【講評】

先生の講評

「科学とは、生きる態度の一つでもあります。ニュースを見れば、毎日いろいろなことが起きています。普通に生きていると、なんとなく日々が過ぎていきますが、少し考えればさまざまな疑問が湧いてくるはずです。そのとき、自分はどう考えるのかと一歩突っ込む。自分の頭で考えるのが、科学では最も大切です。そのうえで多種多様な考え方のあるのだと視野を広げられれば、そこから発見につながる可能性があります。」と坂口先生は講評した。

スゴイ大先輩に学ぼう

タイトル

ナガセの教育ネットワーク

教育力こそが、国力だと思う。