理化学研究所 計算科学研究センター センター長
松岡 聡先生
【ご講演内容】
今回は2021年3月に共用を開始したスーパーコンピュータ「富岳」の総責任者である松岡聡先生をお招きし「ゲーマー高校生からスパコン研究者へ」をテーマに、日本のスパコン開発の歴史から、今後の展開についてご講演いただいた。
コンピュータと出会ったのは中学生の頃、場所はその頃新宿に初めてできたパソコンショップでした。500円払うと30分間、SF番組「スター・トレック」のゲームで遊べたのです。1970年代のパソコンだから今から考えればとてつもなく遅い、それでも「これはすごい!」と感動しました。
すでに1964年にはスーパーコンピュータ「CDC6600」が登場していましたが、これより今のiPhone のほうが何万倍も速い。コンピュータの世界には「ムーアの法則」があり、ICトランジスタの集積度は二年で倍ぐらいになるといわれています(資料1)。だから1980年を基準として30年経てば、性能はざっと100万倍アップしている。
そんな初期の遅いパソコンを何とか工夫して使い、高校時代からアルバイトでゲームのプログラミングをしていました。大学に入ってもゲーム開発を続けて、完成させたのがファミコン用ゲーム「ピンボール」です。このプログラムは、後に任天堂の社長になる岩田聡さんと二人で書きました。
当時のマイクロプロセッサの性能には大きな制約があったけれども、可能な限りリアルタイムでボールを動かしたい。そのためアセンブラと呼ばれる言語を駆使してプログラムを書きました。
大学院に進んで次の進路を考えたときに、岩田さんから「君は研究者が向いているから、大学に残ったほうがいい」といわれて博士課程に進みます。幸運なことに、東大で助手になったときの研究室には世界最高レベルの並列コンピュータがありました。ところが次に移った東京工業大学には速いコンピュータがない。なければ自分たちでつくればいいと考えて学生たちと一緒に、それこそバラックのようなところで並列化の技術を使ってスーパーコンピュータを自作したのです。
資料1
コンピュータの性能を上げて計算速度を速くするためには並列化、すなわちマイクロプロセッサをたくさん並べればいいのです。ただし単純にたくさん並べただけでは、いろいろ不具合が起きて思ったように速くはなりません。問題を解消する技術がアルゴリズムであり、それを実装するのがプログラミング、加えてそれらを統括する基礎研究に取り組みました。
並列化の研究を突き詰めてスーパーコンピュータを完成させると、不思議な出来事が起きました。私の研究室のある建物の電気消費量が、大学内で二番目と異常に大きくなったのです。ちなみに電気消費が学内最多だったのは、東工大オリジナルのスパコンを設置している建物でした。
事務の人が「スパコンを使っているわけでもないのに、一体何に電気を使っているのか」と確かめに来ました。「実は自作したスパコンをガンガン使っていて」と答えてしまい、大学本部から怒られるかと思ったら「君が東工大のスパコンを作ってみないか」と言われたのです。
そこで研究を進めて2006年に完成させたのが「TSUBAME1・0」です。マイクロプロセッサを超並列、当時では究極のレベルまで並べました。その結果、スパコンのTOP500のアジアランキングで1位、世界でも7位になって誰もがびっくりしたのです。
ただし、それで満足はしませんでした。次の課題となったのが、今では生成AIで普通に使われているGPUを、当時のスパコンに搭載する研究です。これに数年かけた成果が、2010年に完成した「TSUBAME2・0」です。
これも非常によくできたマシンで、世界トップクラスの省エネ性を持ちながら、当時の日本最高だった「京」コンピュータと比べても遜色ない性能を出しました。しかも制作コストは桁違いに安い。.5なので、秒速20万㎞に落ちます。だからもし空気コアのファイバーができれば、より高速に情報を送れるようになるでしょう。
ただしスパコンは「使ってなんぼ」のものだから、何ができるのかを示さなければなりません。TSUBAME2・0を科学計算に応用し、金属材料が結晶する過程をシミュレーションしました。当時は結晶などのミクロレベルのシミュレーションは不可能といわれていたけれど、TSUBAME2・0で成功したのです。その成果が評価されてスパコン界のアカデミー賞とも呼ばれる「ACMゴードン・ベル賞」を受賞しました。
次に呼ばれたのが理化学研究所です。当時の理事長から理化学研究所計算科学研究センター(R-CCS)のセンター長をやらないかと誘われ、役職がついても研究を続けさせてもらう条件で引き受けました。
研究テーマは「計算の、計算による、計算のための科学」です。計算自身を研究して、速いコンピュータをつくる。その計算力を使って、ほかの科学分野を加速させる。そしてさらに計算を進化させる。ここで携わったのがスパコン「富岳」の運用です(資料2)。
「富岳」の設置面積はサッカー場の約半分、3000㎡ぐらいあります。そこにラックが432個並んでいる。ひとつのラックの中には、CPUが384個入っている。384×432だからざっと16万個のコンピュータを結合させてひとつのマシンに仕上げている。2020年6月から2021年11月までスパコンの世界ランキング主要4部門で4期連続1位となりました。
その「富岳」が研究でどのように使われているのか。シミュレーションにより、スパコンの中に仮想的な世界「デジタルツイン」をつくります。このデジタルツインを使って、さまざまな研究を進めるのです。ちょうど「富岳」の完成とタイミングを合わせるようにコロナ禍が起こり、コロナ対応にフル活用しました。
例えばコロナにおける飛沫のシミュレーションをデジタルツインで研究しています(資料3)。だからソーシャルディスタンスは1メートル必要だと決められたのです。あるいは閉ざされた環境では、エアロゾルがずっと漂い続けるから最低限の換気を続ける必要があるのもわかりました。デジタルツインでの一連のシミュレーション結果をガイドラインにまとめて、文部科学省に伝えています。
感染症のメカニズムも、「富岳」によって精密に解明されました。ウイルスが肺の中に入ってからの動きまで、きめ細かくシミュレーションできたからです。今ではデジタルツインを活用して、CTスキャンなどのデータを基に個人の心臓を正確に再現できるようにもなっていたり、人間の脳も「富岳」を使ってシミュレーションできたりします。脳機能を再現する研究を進めていけば、そのうちパーキンソン病の発症メカニズムなども解明できるようになるかもしれません。
気象予報にも「富岳」は使われていて、その成果として数百メートル単位で区切ったパーソナル天気予報ができるようにもなっている。まさに計算は現代科学のメインストリームなのです(資料4)。
資料2
資料3
資料4
「富岳」はすごいスパコンだから、高校生には縁のない世界の話だ、などと誤解しないでください。毎年一回、東工大と大阪大学、理化学研究所が共同で、夏の電脳甲子園「SuperCon」というイベントを開催しています。全国予選を通過した高校生(高専生も含む)のチームが、本戦では「富岳」を1週間使ってプログラミングを競い合うのです。興味を持った人は、ぜひSuperConのサイトを検索してみてください。-
スパコンはこれからも進化し続けます。次の姿についても研究を進めていて、具現化の道筋も考えています。そこでカギとなるのが生成AIです。スーパーシミュレーションが科学を加速させたように、AIも科学を加速させます。物理科学のように第一原理に基づいて計算でシミュレーションを突き詰める、一方では生命科学のように機能的な観測データを基に生成AIで知見を得る。この組み合わせにより科学を加速させるのです。
さらに量子コンピュータを活用できるようになれば、新たな問題解決の方向性も出てきます。スパコンと量子コンピュータを組み合わせれば、これまで解けなかった問題も解決できるようになる。理化学研究所では、そんな研究も進めています。
これから先、デジタルツインと生成AIの組み合わせにより、科学はすごい勢いで進化します。その成果として、さまざまな社会問題が解決され、いくつものイノベーションが生まれ、まさにサイエンスが未来を創るのです。
それも遠い先の話ではなく、君たちが大学を出てキャリアのスタート地点に立つ頃、近未来の話です。だからそんな世界で自分は何をするのか、あるいは何をしたいのか。ぜひ、今から考えておいてください。
生成AIの時代に科学技術はどう進化するか、その進化に君たちはどう貢献したいか。
優勝チーム1の内容
生成AIがもたらす変革は、自ら問題提起し、知識を能動的に求め探すようになると考えました。AIが独立し、新たな科学技術を創るのです。その際に、ゼロからイチを生み出すのは人間の発想力であり、イチを無限大にするのがAIの役割だと思います。また人道的・倫理的にAIを制御するのは人間の役割です。さらにAIの環境を保つのも人間の役割であり、このような思考こそが、人間にとって最も重要だと思いました。
先生の講評
これからの皆さんの課題として避けて通れないのが、スパコンをベースとするAIやデジタルツインとの共存です。そのとき欠かせないのが、優勝チームのようにAIと人間の両方が共に進化する発想です。AIを正しい方向に進化させる、そのために人間も同時に進化していく発想を大切にしてください。