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TOP東進タイムズ 2019年10月1日号

M&A最前線
―失われた30年を超えて―

森・濱田松本法律事務所 パートナー弁護士

米 正剛先生

研究やビジネスの最前線を走る“現代の偉人”を講師に迎える「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は、我が国におけるM&Aの先駆者である国際弁護士の米 正剛先生をお招きし、「M&A最前線~失われた30年を超えて~」というテーマで講演いただいた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代から、バブル崩壊後の「失われた30年」の間に世界を見てきた経験を踏まえ、次世代の日本経済の為に何ができるのかを力強く問いかける講義。熱い空気が立ち込めた、当日の模様をお伝えする。

人と同じことをやってはいけない

私が弁護士になったきっかけは、高校生の頃に大きな社会問題になった「水俣病」です。高校時代は鹿児島で過ごしていたのですが、隣の熊本県で発生した大規模な公害問題であったことに加え、ラ・サール高校の先輩である熊本大学の原田正純先生が胎児性水俣病を発見し、悲惨な状況に置かれていた患者の救済活動に携われていたことなどもあり、強く印象に残りました。「高度経済成長によって生じた歪みからこぼれ落ちた人たちをサポートしたい」「大きな組織に入るのではなく、個人で仕事をしたい」と考え、司法試験に挑戦しようと思うようになりました。初めは、国際弁護士になろうと思っていたわけではなかったんです。

今日の講義で最初に私がお伝えしたいのは、「人と同じことをやってはいけない」という姿勢です。今、景気が良い業界や職業は、必ずしも将来有望なものではないことです。私が大学4年生の頃、最も人気の高い就職先の企業は銀行でした。なかでも、日本興業銀行をはじめとした大手銀行は羨望の的で、たくさんの大学の同級生が入行しました。しかし今では、その当時の大手銀行は統合を繰り返し、そのままの形では存在していません。

現在、ロースクールが次々閉鎖され、司法試験の受験者も減少傾向にあります(資料1)。では、弁護士は衰退する職業でしょうか。私はそうは思いません。むしろ、弁護士が不人気の時代はチャンスです。志を高く持った若い人たちに、ぜひ挑戦していただきたいと思います。

資料1

資料1

高度経済成長〜バブルの時代
「アメリカ人の魂を買った」日本

私が生まれた1954年は、日本が高度経済成長期の入口に立った時期です。2019年度の日本の経済成長率がわずか0.5%程度であるのに対し、高度経済成長期の日本の成長率は平均で10%を超え、1968年には西ドイツを超えて世界で2番目の経済大国になりました。

1980年代後半から始まったバブル期には、日本企業は世界中に進出していきました。1989年、ソニーがコロンビア・ピクチャーズを買収。さらに同年、ニューヨークのミッドタウンにある「ロックフェラーセンター」を三菱地所が買収するなど、続々とアメリカの企業や不動産を買収し、空前のM&Aブームが起きました。

そのようなM&Aの案件の中でも私たちM&Aのプロフェッショナルの予想に反して米国で話題になったのは、日本企業ゼンチク(現スターゼン株式会社)によるモンタナ州の牧場「Selkirk Ranch」の買収です。モンタナ州は、アメリカとカナダとの国境にあり、日本より広い面積に人口はわずか100万人、人間よりも牛や馬の方が多いBig Sky Countryです。買収対象の牧場の面積は東京都の15%にも相当する広大なものでした。契約交渉の中で最も議論になったのは、この広い牧場の中に放牧されている牛の頭数を、いつどのように確定するのかという論点だったのです。買収金額は20億円に満たないサイズのものでしたが、著名なニュース雑誌『TIME』を始めとする主要なメディアに、カウボーイハットを被って働く日本人の写真が掲載され、「日本人がアメリカの魂を買った」と報道されました。

資料2

資料2

牧場を買収されるということは、アメリカ人にとっては心の故郷を失うような出来事。日本で例えれば、新潟の水田が海外企業に買収されたようなものだったのです。これは、日本のバブル期を象徴する案件の一つといえます。

知恵の勝負で負けた日本
日本企業をアメリカに格安で買い叩かれる

企業法務の世界ではただ一つの正しい答えというものがありません。人に答えを教えてもらうのではなく、自分の頭で考えて、新しい解答を作っていかなくてはなりません。

事例を二つ挙げましょう。

一つ目は、1997年に当時の日本債券信用銀行系のノンバンク、クラウン・リーシングが破産したときの話です。1兆2千億円という当時史上最大の負債を抱えた破産は、バブル崩壊を象徴する案件となりました。破産を申し立てたのは4月1日でしたが、裁判所は7月1日までに従業員全員を解雇するよう決定しました。我々弁護士とファイナンシャルアドバイザーのチームは、破産管財人に対しこの3ヵ月という期間で破産会社のM&Aを行うという前代未聞の提案をしました。個別にM&Aの候補の会社を探して打診して……、という従来の方法では時間がかかりすぎる。そのため、我々はこの短期間に破産会社の事業譲渡を完了できるよう、競争入札という新しい手法に挑戦しました。不眠不休のハードワークの末、2ヵ月と2週間で売却に成功し、従業員の雇用を確保することができたのです。クロージングの時にはチーム全員が手を取り合って喜んだものです。

二つ目は、日本長期信用銀行の経営破綻です。長銀は、約20兆円の資産を保有していましたが、多額の不良債権を抱え1998年10月、特別公的管理を申請し破綻、その後の処理はやはり競争入札により買い手を決定することとなりました。長銀は、アメリカのリップルウッドや海外の金融機関が組成した投資組合のニュー・LTCBパートナーズにわずか10億円で売却されました。リップルウッドは、ゴールドマンサックス等投資銀行出身者が中心となって設立したバイアウトファンドです。このときの処理が、莫大な利益を生み、外資系ファンドは〝ハゲタカ〞と呼ばれ、後々大きな社会問題にもなりました。

日本政府が約8兆円もの公的資金を費やし、20兆円もの資産があった銀行を、たったの10億円で買却するというのもいかがなものと思いますが、その当時一旦破綻した銀行を買収するリスクを引き受ける買い手は日本にはいなかったのです。さらに大きな問題となったのは瑕疵担保責任の問題でした。銀行の資産は貸出債権です。この債権が回収できないような状態になった時、この損害を売り手と買い手でどのように負担するのかが銀行買収の大きな問題点の一つでした。常識的には、このような「隠れた瑕疵(きず、欠点)」があった場合、そのリスクを一方的に買った方に押しつけるのではなく、お互いが損失を共有する(ロスシェアリング)ことを買収契約の中で規定します。しかし、当時の日本の政府は「日本にはロスシェアリングに相当する法律がない。だから、隠れた瑕疵(想定以上の損失)が見つかった場合は、民法の瑕疵担保の規定により売主が100%補償を行う」ということになったのです。私はこの話を聞いたとき、とても信じられない思いでした。ロスシェアリングはアジアの通貨危機(1997)の時にはすでに一般的となっていた考え方です。よりによって100%売主が負担するなんて、世界中のインベストメントバンカーが笑っていました。日本は大丈夫かい、と。これで、リップルウッドは長銀をリスクゼロで買えた訳です。買い叩かれたともいえるでしょう。この後、2016年末までに瑕疵担保条項によって現実に約8900億円を超える金額がニュー・LTCBパートナーズに支払われました。

国際的な交渉をする場合、売る方も買う方も過去の先例にとらわれずあらゆる選択肢を想定し、膨大な時間をかけて戦略を事前に組み立てます。知恵と知恵との戦いです。そうしなければ、必ず負けます。バブル崩壊後の日本は、この負けがずっと続いた状態から浮上していません。

名もなき企業だったサムスン電子が
世界一になった理由

話題は変わりますが、今、世界で一番大きな電機メーカーはどこか、知っていますか?答えは、韓国のサムスン電子です。昨年の売上は約24兆円、営業利益が約5兆8千億円。トヨタが約2兆4千億円ですから、トヨタの2倍です。

30年前、サムスンは日本の電機メーカーのどこにも勝てないような小さな会社でした。しかし今では、ソニー、パナソニック、NEC、日立、富士通、東芝、三菱電機といった日本の主な電機メーカーの営業利益を合わせても、サムスンの半分にもなりません。なぜ、こんなに差がついたのでしょう?

いろいろな要因があるとは思いますが、一つ、サムスン電子の新人教育から垣間見ることができます。サムスンの新入社員は、世界13ヵ所の研修施設で徹底的な指導を受けますがその後1年間、かなりの数の社員が海外で生活させられます。海外といっても先進国だけではなく、アフリカ、中東、ロシアはたまた南米の奥地など、言葉も習慣も知らない未知の世界で人生を切り拓く経験をします。そうして力を蓄えた社員が、各所で活躍している。このような教育を通じて強くなった「個の力」を集積した結果が、現在の業績に繋がっていると私は考えます。

5年や10年ではなく、30年というスパンで時代を見てみてください。30年経ったら、どのような世界が待っているでしょう。私にもわかりませんし、正解はありません。ただ一つ言えるのは、「30年経つと、景色が変わる」ということです。

国や会社の勢いはもはや関係ない
世界を変えるのは、たった一人の情熱

仕事を通じて、忘れられない出来事があります。あれはバブル崩壊後、1994年のことです。「一緒に来てほしい」とクライアントから言われて小さな案件に関わり、アメリカに行きました。ご一緒したのは、ソフトバンクの孫正義さん。IT関係の見本市の、展示会の買収案件でした。

一週間ほど現地に滞在し、話も煮詰まってきて「買収交渉が本格化するかもしれない」という段になって、買収資金数百万ドルが賄えないことがわかりました。さまざまな資金調達方法が考えられましたが結局金融機関の答えはノー。わずかな資金も準備できず買収は中止となりました。当時私は39歳、孫さんは36歳。一番若かったのが、ファイナンシャルアドバイザーの日本興業銀行グループの3人のうちの一人、30歳の三木谷さんです。

三木谷さんは、私に言いました。「先生、もう銀行の時代ではないかもしれない。僕も辞めて、会社を作ります」と。そうして、翌年に楽天を作りました。現在、ソフトバンクグループは約9兆6000億円、楽天も約1兆1000億円の売上を誇る大企業になりました。

孫さんや三木谷さんに共通しているのは、「人と同じことをやらない」ことです。そして、もう一つは「若い時期に海外留学していること」。孫さんはUCLA、三木谷さんはハーバード大学の大学院と、二人ともアメリカに留学し、広い人脈と見識を持っています。

今、日本は20年を超える長期間経済的に停滞し、多額の借金を抱えています。けっして良い状況ではありません。しかし、いいですか、皆さん。今は国も会社も右肩下がりかもしれませんが、30年後の世界は誰にもわかりません。個人の「才覚」と「熱い想い」があれば、彼らのように新しい世界を作っていくことができます。リスクを恐れずに新しいことに挑戦し、世界に大きく目を開いて頑張ること。そうすることで、君たちの人生は、まったく違ったものになります。

そのためにも、若い皆さんには、ぜひ世界を見てほしい。この世界が抱えている問題は、日本の中の閉じた世界にいてはわかりません。そのためにも英語を勉強し、若いうちに海外に住んで、見識を広げていただきたいと思います。

ワークショップ【探る】

テーマは「2050年に消える会社・残る会社・生まれる会社」

まずは自分の考えを予備シートに記入してからディスカッションスタート。役割分担を行って各自がチームへの貢献を意識する。「副業としての農業」「外国人労働者」「若者の転職の支援」など、それぞれのチームが課題に対する自分たちの方針を明確にして、予選会に挑む。

ワークショップ【話す・発表する】

予選会

リハーサルを済ませてからいざ予選会。原稿を作成し、自分たちの意見をしっかりと伝えるために口調やスピード、声の大きさにも気を配る。口頭で説明する箇所と図で示す箇所を整理するなど、ワークシートの書き方にも工夫が必要だ。

ワークショップ【本選】

決勝プレゼン

決勝戦。予選を勝ち進んだ6チームが壇上でプレゼンを競う。「AI の活用」「環境問題への対応」「留学の奨励・仲介」など、多種多様で個性的な意見が出そろう。チームの提案に質問を投げかけ、実現に近づくための課題を指摘する米先生。

ワークショップ【結果】

優勝チーム集合写真

いよいよ、優勝チームの発表。「どのチームもおもしろい着眼点で素晴らしかった」と語る米先生が選んだのは、教育水準の向上のために、映像を使ってさまざまな国の教育を共有するプラットホームの整備を提案したチーム。技術がいくら発展しても、最後は人間力が重要だというプレゼンが評価を得た。表彰式と米先生を囲んでの記念撮影のあと、全体講評を頂戴してワークショップは締めくくられた。

参加した高校生の

千葉県 私立 市川高校1年

鈴木 啓太くん

ワークショップのディスカッションでは違う学校の人たちと話すことで、大きな刺激をもらい、自分の考えも伝えることができました。米先生の「世界を見てほしい」という言葉が特に心に残りました。今年の夏、イギリスに短期留学の予定なので、さまざまな視点から物事をみる目を養うきっかけにしたいです。

東京都 私立 桜蔭高校2年

高津 綾乃さん

「今ある良い仕事が将来も良い仕事であるとは限らない」という先生のお話と発表された方の「どんなに発展しても人間は人間だから」という言葉が強く印象に残りました。今回参加してよかったです。将来は法律関係の仕事に就きたいと考えています。

東京都 私立 巣鴨高校2年

佐藤 琢磨くん

沈みゆく社会の中でも上がっていくものもある、その上がっていくものに属せる人材になるというお話がありました。今までの価値観では沈んでしまう、考えることで変えることができるのなら自分の意見をしっかり持たなくてはいけないと思いました。