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トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2020年3月1日号

大学で学ぶ法学の世界とその魅力―海法研究に魅せられて

早稲田大学法学学術院長 法学部長

箱井 崇史先生

講演者の写真

研究やビジネスの最前線を走る“現代の偉人”を講師に迎える「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は、早稲田大学で法学部長を務める箱井崇史先生をお招きし、「大学で学ぶ法学の世界とその魅力―海法研究に魅せられて」をテーマに講演いただいた。そもそも法律学とは何か、法律は生活にどう関わっているのか。なかでも先生の専門分野である「海法」はどのようなものか。多くの高校生が熱心に聴き入った、当日の様子をお伝えする。

法律なんて、遠い世界の話?

法律の話をする前に、実は私は皆さんの先輩として、東進ハイスクールの前身である東進スクールで高校受験に向けて勉強していました。約40年前の中学生時代に現在の永瀬理事長に直々に教え、鍛えていただき、早稲田大学高等学院に入りました。我ながら、それなりに頑張ったのではないかと思っています。今、私がここで早稲田大学の法学部長としてお話をする、そのきっかけをつくっていただいたのは東進です。今日は一つのご恩返しができれば、と考えています。

法律とは何か。改めて質問されると、答えに悩む人が多いと思います。最近では憲法改正が話題ですが、では憲法とは何でしょう。憲法のほかにどんな法律があるかご存知ですか。

『六法全書』という言葉なら、聞いたことのある人が多いはずです。六法とは、憲法、民法、商法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法であり、諸法令をまとめた『六法全書』には5000ページぐらいのものもあります。

ただ、ここに答えが書かれているわけではありません。たとえば、民法90条をみてみましょう。

資料

契約の内容は当事者が自由に決められますが、公の秩序又は善良の風俗に反するものは無効になる、と定めています。ここには何が無効で何が有効なのかは具体的には書かれていませんので、この境界がどうなるかを考えるのが法解釈です。

この条文は明治時代にヨーロッパから日本に入ってきて100年以上経ちます。その間に裁判所がさまざまな事件で契約の有効無効を判断してきた「判例」が蓄積されていますから、その判断を参考にすることもできます。違法薬物の売買契約が無効であることは明らかですが、それはこの売買契約が公の秩序又は善良な風俗に反しているために民法90条により無効となるのです。このように、法律の条文の多くは抽象的に書かれており、具体的な事件で適用があるかどうかは、条文の解釈により明らかにされます。

高校生も、日々関わっている法律

実は皆さんの多くも、今日この会場に来るまでに、知らないうちに契約に関わっています。たとえば、電車などの公共交通機関を利用して来た人は、鉄道会社などと旅客運送契約を結んでいて、その内容は旅客運送約款に記されています。

何年か後にクルマを買ったとしましょう。クルマを買う際には売買契約を結びます。現金一括か、ローンを組むのか、ローンなら金利は何パーセントで所有権はどうなるのか。こうした内容に関わるのが民法や商法です。クルマを運転すれば、行政法に含まれる道路交通法に従わなければなりません。保険をつける際には商法の一領域となる保険法が関係してきます。駐車場を借りるときは民法の賃貸借契約が関わり、事故を起こせば刑法の適用が問題となりえます。

普段はまったく意識しないけれども、何かあったときには必ず関わってくる。これが法律です。人が活動すると、何らかの紛争が起こることがあります。その紛争を法律が解決するのです。

法律の条文が変わらなくても、その解釈は社会の変化に応じて変わっていきます。社会が急速に変化する時代には、新しい対立や紛争が次々に発生し、その解決が求められます。法律学は、いつの時代にも不可欠な学問といえるのです。

はじまりは高校時代に学んだフランス語

私自身が、なぜ法学研究、それも海商法を専門とするに至ったのか。キッカケは高校時代にフランス語を学んだことです。真剣に勉強したおかげでそこそこ力がつき、法学部進学後はフランス法の講義を受け、フランスの法律書講読の講義も取っていました。

卒業後に就職したけれども、もう少しフランス法を勉強したいとの思いが募り、大学院に入りました。修士課程・博士課程の入学試験はフランス語で受験し、修士論文もフランス会社法をテーマに書きましたから、法律とフランス語のセットは、自分の強みとなりました。

その後指導教授に呼ばれて「1年間、海商法を勉強するように」と指示され、これが人生の大きな転機となりました。海商法を専門に研究する人は非常に少なく、海商法の教科書もここ20年では私の関わった2冊だけです。

海商法には、大きく3つの特徴があります(資料1)。第1は古代以来の長い歴史と伝統があること、第2は海上活動に特有の「危険」の克服を目指したこと、第3は法が生まれたときから「国際性」を備えていたことです。法律を研究するには、その成り立ちを知ることが役立ちます。私も海商法の先祖、1681年に制定されたルイ14世の海事王令を読みました。この法典の翻訳はなかったので、全5編735条の条文を丸3年かけてフランス語から日本語に翻訳しました。

資料1

資料1

このフランス海事王令の私法部分は、多くが1807年のフランス商法典第2編に移植されています。これがドイツに伝えられて1851年ドイツ旧商法典第5編となり、さらに日本に伝えられて1899年に制定された日本商法典の第5編となっています。このように、法律は歴史的な産物であるともいえるのです。

日本では2014年から2年間にわたって、海商法の改正作業が120年ぶりに行われました。1899年以来初の大改正で、私も法務省の改正メンバーとして関わりました。改正作業にあたって、ドイツ・フランスなどの諸外国の海商法はたいへん参考になります。また、とても国際的な分野ですから重要な条約もあります。海事王令や外国法・条約の歴史的な研究をしていたことは、大いに役立ちましたし、私の自信にもなりました。

輸入大国・日本に欠かせない海商法

海商法と日本は、切っても切り離せない関係にあります。なぜなら日本では輸出入に占める海上輸送の割合が、トン数ベースで99.6%と極めて高いからです。食料など生活に必要な物資はもとより、原材料などもほぼすべて海上輸送に頼っています。船会社はもちろん、銀行・商社・メーカーなどの企業に加えて、省庁も海運や輸出入に関わっています。海上輸送時のトラブル解決に関わるのが海商法です。

海商法における私の専門分野は、海上物品運送契約に基づく運送人の損害賠償責任、船舶衝突などの際の船主や運送人の損害賠償責任などです。例えば自動車専用船が転覆して、積み荷の4000台の自動車に損害が及んだ場合、その責任はどうなるでしょうか(資料2)。普通なら事故を起こして100万円の損害を与えたら、100万円の賠償責任が生じます。ところが海のルールでは、そうならないのです。

資料2

資料2

事故の損害額が100億円でも、操船ミスなどの航海過失ですと免責が認められ、運送人の損害賠償責任がゼロだったり、責任を負う場合でも貨物の量により責任限度が20億円だったりします。船主の責任も、船舶のトン数に応じて制限されます。海商法では、巨額損害からの企業保護が重視されているのが大きな特徴です。

海商法は、今後も海洋環境保護や無人運航船の実用化といった新しい課題を対象にしてさらに発展していくものと考えられます。

リーダーに求められる法的思考力

海商法は、皆さんがイメージしている法律の世界とはかなり違ったかもしれません。けれども、法律を学ぶものすべてに求められる「リーガルマインド」が必要な点は、海商法も同じです。

リーガルマインドとは法的な思考力であり、法学部でまず身につける力です。必要なのは暗記した知識ではなく、法学の考え方に基づく判断能力です。何か問題が起こった際に出来事の本質を見定めて問題点を把握し、解決策までを考える。導き出された結論を、論理に支えられた言葉でまわりに伝える。

このような法的な思考力や論理力が、これからの世の中でリーダーとして活躍する人には何より求められるはずです。

ワークショップの写真

ワークショップ【探る】

テーマは「自由と規制など利害調節が問題となりうる新しい事象について、法律の果たすべき役割・限界」

まずは自分の考えを予備シートに記入してからディスカッションスタート。役割分担を行なって各自がチームへの貢献を意識する。「防犯カメラとプライバシー」「SNSと知的財産権」「人工臓器」など、それぞれのチームが課題に対する自分たちの方針を明確にして、予選会に挑む。

ワークショップの写真

ワークショップ【話す・発表する】

予選会

リハーサルを済ませてから、いざ予選会。原稿を作成し、自分たちの意見をしっかりと伝えるために口調やスピード、声の大きさにも気を配る。口頭で説明する箇所と図で示す箇所を整理するなど、ワークシートの書き方にも工夫が必要だ。

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ワークショップ【本選】

決勝プレゼン

決勝戦。予選を勝ち進んだ5チームが壇上でプレゼンを競う。「ドローン配達」「IR」「デザイナーベビー」など、多種多様で個性的な意見が出そろう。さまざまな着眼点を評価しつつ、チームの意見に関連する法律の話題も取り上げる箱井先生。

ワークショップの写真

ワークショップ【結果】

優勝チーム集合写真

いよいよ、優勝チームの発表。「期待通りの斬新な意見もあり、手堅い意見もあった」と語る箱井先生が選んだのは、AIの普及によって起こる諸問題についてプレゼンしたチーム。発展性が汲みとれるプレゼンが評価を得た。表彰式と箱井先生を囲んでの記念撮影のあと、全体講評を頂戴してワークショップは締めくくられた。

参加した高校生の

参加者の写真

埼玉県立 伊奈学園総合高校2年

熱田 一樹くん

都市工学に興味を持っていて、今後学んでいくためには幅広い知見が必要だと思い参加しました。先生は「法にも限界がある」と仰っていて、僕たちもクリエイティブに考えていかなければならないと思いました。

参加者の写真

東京都 私立 国際基督教大学高校2年

入口 侑可さん

自分の心配症をコンプレックスに思っていたのですが「法学を学ぶと気にしなくて良いことが気になるようになるけれど、その気にすることが大切」と先生が仰っていたので、私は法学部が向いているかもしれないと発見がありました。ディスカッションでは初めて積極的になれました。

参加者の写真

東京都 私立 十文字高校3年

平吹 佳稀さん

法学はもともとある憲法を突き詰めるイメージがありました。ただ、先生の携わってきた海商法では船舶やフランス語、史学に関わるので多くの分野に見識が必要で無限大に可能性がある学問であるというイメージに書き換えられました。

未来発見サイト

タイトル

ナガセの教育ネットワーク

教育力こそが、国力だと思う。