トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2020年11月1日号

若さが変える日本の未来

野村ホールディングス株式会社前会長 特別顧問

古賀 信行先生

今回は、東進ハイスクール・東進衛星予備校の永瀬昭幸理事長の尊敬する友人である野村ホールディングス前会長の古賀信行先生をお招きし、講演をしていただきました。講演冒頭に永瀬理事長より、古賀先生の野村證券時代のエピソードや20代の頃の印象を交えて紹介致しました。「今日は、私のたくさんいる友人の中で最も尊敬する、野村ホールディングス会長を務められた古賀信行先生をお迎えしました。古賀先生は経団連の副会長も務められたり、その立場からコロナ禍における経済情勢について天皇陛下にご進講されたりと、一企業だけでなく、日本をひっぱるリーダーです。古賀さんは、私が野村證券に入社したときの同期生でもあります。私が野村證券を辞めた理由の一つが、古賀さんの存在です。古賀さんの働きぶりを見て、こんなに人を引きつける魅力的な存在に出会ったのは初めてだと思いました。『この人はきっと会社を率いる社長になる』と直感したのと同時に、私は社長にはなれないとも感じました。それならば、自分で会社を興そうと決意したのです。今日はその古賀前会長に、リーダーシップについて、仕事や社会、世界についてお話をお聞きしたいと思います。ぜひ真剣に聞いて、考える、動き出すきっかけとしてください」

1970年代から変わり始めた世界

私が社会人になったころ、1970年代から世界では変化が起こり始めました。「オイルショック」といえば現代史で聞いたことがあるでしょう。中東戦争のあおりを受けて、原油価格が一気に約4倍に暴騰しました。その結果、電気価格が上がって銀座の灯りが消え、トイレットペーパーの奪い合いまで起こったのです。これが1973年の第1次オイルショック、続いて79年に第2次オイルショックが起こり、このときも原油価格が2倍になっています。

第一次オイルショック(1973年)。警備員を押しのけてトイレットペーパーを買い求める客たち。

資料1

ドル円の為替レートも70年代から変わり始めました。それまでの1ドル360円の固定相場が、71年のスミソニアン合意を受けて1ドル308円に切り上げられました。ただし固定相場制そのものはまだ維持されていました。

ところが1973年からは変動相場制に移り、円高がどんどん進みます。1985年のプラザ合意の結果、翌86年には1ドル150円にまでドルが急落します。急激な円高ドル安は、日本経済に計り知れない影響を与えました。

70年代以降の日本の激変ぶりは、ほかの指標でも明らかです。今ではありえない数字ですが、1974年の年間賃上げ率は実に32.9%、1年で給料が3割も上がったのです。もっともそれには理由もあり、この年には消費者物価も23%上がっています。ただし賃上げ率はその後どんどん下がっていき、2000年以降はずっと2%程度で推移しています。

これらの数字が象徴的に示しているのは、日本を取り巻く環境の大きな変化です。それまで安定していた世の中を構成する要素が、この頃から一斉に変わり始めたのです。

証券業界から見た三大変化

私はずっと証券業界で生きてきました。そこで証券市場を通してみた日本社会の変化を三つ示します。産業構造の変化、グローバル化、IT化です。

産業構造の変化とは、すなわち第3次産業への移行です。75年に約14%だった第1次産業就労者の割合は2015年に4%に、同じく第2次産業就労者も約34%から25%へと減少しています。一方で第3次産業就労者は52%から71%まで増えました。

社会情勢の変化を反映して、東証一部時価総額上位トップ10に入る企業も大きく様変わりしています。74年のトップは新日鉄で2位が三光汽船、3位から7位までは銀行が並び、トヨタ自動車、東京電力、松下電器と続きます。その後のバブル期には上位7位のうち銀行が六行も入りましたが、2019年末の時点では銀行は一行のみで、通信関連が多く入っています。

東証一部時価総額上位企業トップ10の変遷

資料2

小売業では74年に誕生したコンビニのセブンイレブンが、当初の15店舗から2019年には2万店を超えました。売上はスタート時の7億が、今や7000倍を超える5兆円です。すさまじいまでの急成長、その背景には規制緩和があることに注目してください。

グローバル化は、企業の株主構成をみれば一目瞭然。75年は金融機関、個人、事業法人で約9割を占めていました。それ以降は個人がどんどん減っていき、75年に3.6%だった外国法人等が今では全体の約3割でトップに躍り出ています。

売買代金シェアを見ると、75年にシェア7割と圧倒的多数を占めていたのが個人投資家です。これも当時6%弱だった海外投資家が今では7割を超え、日本の個人投資家は2割を切っています。

IT化の象徴は電話でしょう。74年には固定電話が3000万台で、電話のない世帯もあったのです。これが2017年の段階で携帯電話の台数は約1億7300万台、日本では赤ん坊まで含めて1人1台以上持っている計算になります。しかも今ではほぼすべてがスマホ、誰もが普通にスマホを使いこなす社会へと変わりました。

日本と世界の大きな違い

半世紀の間に、日本では産業構造が大きく変わり、グローバル化やIT化も急激に進みました。では、こうした環境の変化に私たちは対応できているのでしょうか。

例えば産業界はどうでしょう。ユニコーン企業、つまり現時点では非上場ながら上場すれば時価総額が1000億円を超えると想定される企業は、国別にどれぐらいあるか。2020年1月時点でアメリカに265社、中国204社で第3位の英国が大きく離れて24社です。翻って日本にユニコーン企業は何社あるかといえば、わずかに3社だけです。なぜ、これほどまでに大きな差がついてしまったのでしょうか。

原因の一つは、失敗に対する日本の厳しさにあると思います。中国では「鼓励創新 寛容失敗」という言葉が社会に浸透しています。イノベーションへの挑戦には失敗がつきものだから、挑戦した結果としての失敗には寛容であれ、と誰もが認めているのです。

また中国は、新しい技術をどんどん取り入れています。その象徴がQRコードによる決済で、路上生活者までが寄付を募るときにはQRコードを使うのです。そのQRコードを発明したのは日本企業なのに、日本ではさまざまな規制のために導入が進みませんでした。

日本よりもQRコード決済が進んでいる中国。QRコードで寄付を募る様子。

資料3

自動運転の技術が進歩し、農業用トラクターも自動走行できるようになりました。活用すれば、人手不足に悩む農家の人たちに大きな助けとなるのに、日本では使えません。なぜなら農地までの公道を自動走行で走らせると道路交通法に違反するからです。

これらさまざまな規制に守られたおかげで、日本が居心地の良い社会になった面は否定できません。日本社会が比較的安定しているのは、規制に守られているからともいえます。けれども、結果的に日本が、極めて「変わりにくい」社会になってしまったのも事実です。

グローバル化の遅れも目立ちます。外国人の視点を意識していないから「国会前」を「Kokkai」などと平気で表記し、新幹線のチケットには英語表記がありません。日本で暮らしている限り、英語は必要ないからです。大学での学びについても同様で、自国語だけであらゆる学問を学べるのは、世界中でも日本ぐらいでしょう。

けれども、そんな環境に安住していてはグローバル化の進行から振り落とされてしまいます。これからの社会で活躍を目指す皆さんには、英語で学ばざるを得ない環境に自発的に身を置くことを強く勧めます。大相撲の横綱白鵬関はモンゴル出身なのに、なぜあれほど堂々と日本語を話せるのでしょうか。相撲は、日本語で覚えていくしかないからです。

IT化についても、コロナ騒動の際の給付金支払いで日本の弱点が露わになりました。公的機関にIT基盤がない問題もありますが、そもそもIT化を進める意識が日本には欠けているのです。

IT化が進む韓国の金融機関に、日本におけるフィンテック導入について聞いたところ、導入はありえないだろうといわれました。なぜなら日本では何事もきちんと決められた手順を踏んで物事を進めなければならないが、そもそもフィンテックとは、そうした考え方とは対極にある概念だからというのです。

産業構造の変化、グローバル化の進行、IT化の導入のいずれにおいても、日本は非常に厳しい状況にあるというのが実情です。

新しい日本へ
変えるのは若い力

もちろん現状に対する危機意識は日本政府にもあります。世界はイノベーションを競い合う時代であり、目指すべき姿をドイツはIndustry4.0、中国は大衆創業・万衆創新、シンガポールはSmart Nationと表現しています。

これを受けて日本がめざすのはSociety5.0、創造社会です。ビッグデータをAIが処理してエッセンスを抽出し、その活用法を人間が考える。人間の役割は本質的に変わり、情報を活用して社会課題を解決していくのです。そのために何より必要なのが自由化です。

ではSociety5.0を実現するには、どんな人材が求められるでしょうか。いくつかのキーワードで表現するなら「金太郎飴」ではなく「ジェリービーンズ」型、「何でもやります」ではなく「これならできます」とはっきり宣言する人です。人材の評価基準も「潜在能力」から「発揮能力」へと変えなければなりません。これまでのように号令一下で一斉に同じ方向を向いて走る人材ではなく、自分にしかできないことを断固とやる。まさにダイバーシティが求められるのです。

人とは違うこと、まだ誰もやっていないことにどんどん挑戦する。そのために規制は可能な限り減らして自由化を推進し、挑戦と失敗を奨励する。誰もが当たり前のようにリスクを取り、自分の生き方は自分で決める。そんな社会に変えなければなりません。

投資において重要なのは時間軸の捉え方ですが、これは人生についても当てはまります。ぜひ自分の将来の成長を自分できちんと予測し、学びによって自分の人生を切り拓いていってください。

マハトマ・ガンジーは「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」との言葉を残しました。「永遠に生きるかのように学べ」とは、まさに私のような年齢の人間に向けられた言葉でしょう。一方で「明日死ぬかのように生きよ」とは、皆さんのような若い人たちのための言葉です。日々を精一杯真剣に生きて、日本の未来を明るく変えてください。

ワークショップ【テーマ】

テーマは「日本の中で今何が課題になっているのか その課題をどのように変えていくのか」

古賀先生の講演後は、それぞれのチームにわかれてワークショップを開始。ワークショップのテーマは「日本の中で今何が課題になっているのか その課題をどのように変えていくのか」。ここでは、優勝したチームのプレゼン内容を紹介します。

ワークショップ【決勝】

日本の古い考えと意識、外国人に対する姿勢を改める

日本の問題点は、大きく三つあります。年功序列や男尊女卑の風潮、強すぎる集団意識、そして外国人留学生に対する待遇の悪さです。 問題解消策も三つ考えました。 第一が外国人との交流を増やすこと。留学制度やボランティアなどを通じて、外国の考えや文化に触れるなかで、自分の考えをハッキリ伝える技術を身につけ、同時に年功序列や男尊女卑などの考え方を改めます。第二は、何事も他人事とせず自分事と受け止めること。世の中のさまざまな出来事を自分事として捉えて、取捨選択していく能力は、これからの社会に不可欠だと思います。 第三には教育の拡張と充実です。若いうちから意識的に、多種多様な考え方に触れる機会をつくって、自信をつけていくよう心がけるべきだと思います。

スゴイ大先輩に学ぼう

タイトル

ナガセの教育ネットワーク

教育力こそが、国力だと思う。