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トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2021年2月1日号

コロナ禍により約10年加速したデジタル社会
時間・空間からの解放で、
より人間力が試される時代へ

野村総合研究所 代表取締役会長兼社長

此本 臣吾先生

今回は野村総合研究所 代表取締役会長兼社長を務める此本臣吾先生をお招きし、「デジタル資本主義の到来」をテーマに講演いただいた。此本先生は野村総合研究所にて長年コンサルタントをされ、現在は代表取締役会長兼社長を務められています。同社は、国内最大規模のシンクタンク・コンサルティングファーム、ITサービス企業です。シンクタンク・コンサルティングファームとは、さまざまな分野・領域の専門家を集めた頭脳集団・研究機関で、未来について考え、未来像を描く仕事です。具体的には、顧客となる企業や公的機関の経営戦略や政策についての課題に対して、各分野のプロが調査を行って顧客に提言を行います。

なかでも野村総合研究所は国内最大手であり、日本やアジア経済を牽引するだけでなく、世界の発展に貢献する企業です。デジタル資本主義の到来を踏まえて、これから世の中はどう変わっていくのか。新しい社会では、どのように生きていくべきなのか。此本先生によるオンライン講演とワークショップの様子をお伝えします。

豊かさのものさしが変わるもはGDPでは
測れない時代

私はこれまでずっと、未来を予測する仕事に携わってきました。そんな私がいま、未来についてほぼ間違いないと感じているのが、これから先10年から15年ぐらいの間に世界が一変してしまう予感です。スマホに象徴されるITサービスの普及に伴い、社会や経済の仕組みが根底から覆ります。

変化の兆しはすでに、GDP(国内総生産)と生活満足度レベルの関係に表れています。GDPに関しては世界1位がアメリカ、2位中国で日本は3位です。ただGDP成長率の推移を見ると、先進諸国では成長がほぼ停止している。加えて日本では給料が下がり続けています。

ところが日本人の主観的生活レベルは、年を追うごとに着実に向上しているのです。自分を「中の下」レベルと感じる人の割合は、2008年ぐらいからどんどん減っている。経済成長が停まって給料が減っているにもかかわらず、生活水準は向上していると感じる。なぜ、このような逆転現象が起こるのでしょうか。

答えはデジタル活用にあります。デジタル活用度の高い消費者ほど、生活満足度が高いのです。たとえ給料が増えなくとも、インターネット活用により生活水準は高まる。例えば、以前なら現地に行かなければ手に入らなかった北海道の毛ガニが、今ならネット通販ですぐに買えますね。

生活満足度を支えているのは「消費者余剰」の拡大です(資料1)。消費者余剰とは、消費者がある商品やサービスに対して、最大支払ってもいいと考える価格と実際の取引価格の差分です。この差分はGDPに計上されません。生産者は価格比較サイトで比べられるため、競合よりも価格を下げないと買ってもらえない。だから放っておいても価格は下がる。そのため消費者余剰が増えるのです。

資料1:日本で経済の成長が止まっても人々の生活満足度が高いのは「消費者余剰」が拡大しているから

資料1

CDが生産されなくなっても利益が増えた
音楽業界

皆さんはいま、音楽をどのように聞いているでしょうか。以前のようにCDを買うのではなく、多くの人がストリーミングで楽しんでいるはずです。そうなると音楽を提供するためにCDをつくる必要がなくなります。デジタル化により音楽業界のコストは劇的に下がっているのです。あるいは無料サービスのSNSは、消費者余剰だけを生み出しています。これらデジタル化が生み出す消費者余剰は、GDPの約3割に相当します。

デジタル化が急激に進むプロセスでは、消費者の便益が増える一方で、生産者の利潤が低下します。だからGDPは増えない。もはやGDP、つまり生産者側の視点だけでは、デジタル時代の経済活動の全体像は把握できません。

必要なのは全体を国内総支出、つまり消費者側から捉える見方です。自動車を例に考えてみましょう(資料2)。GDP(=生産者視点)で自動車を考えると、新車をつくって生まれる付加価値しか計上されず、総額は9兆円にとどまります。ところがクルマに関わる支出全体を考えると、規模はまったく変わってきます。そこには中古車取り引きが含まれ、自動車保険があり、駐車場料金やレンタカーも入ってくる。その総額は38兆円にもなるのです。

今後はデジタル化が進み、モノをサービス化するビジネスモデルが台頭します。そのとき起こるのがデジタル革命であり、デジタル資本主義が到来するのです。『〈インターネット〉の次に来るもの』の著者ケヴィン・ケリーは「デジタルテクノロジーは製品からサービスへの移行を促すことで非物質化を加速する」と述べました。これこそはまさに"未来を表す言葉"です。資料3のように経済の枠組みが根本的に変わり、価値の源泉が、労働生産性から知識生産性へと大きく変わるのです。

従来の産業資本主義の延長では、日本経済の成長は望めません。経済成長は労働生産性伸び率、就労者数伸び率、年間総労働時間伸び率の総和です。就業者や労働時間が減り、労働生産性も伸びない日本は、早ければ2024年からマイナス成長に転落します。けれども労働生産性から知識(データ)生産性へと考え方を切り替えれば、未来の風景は一変します。

資料2:「自動車」も、消費側から見れば市場規模は一気に拡大
デジタル化時代は、生産(モノ)ではなくサービスで産業の再定義が必要

資料2

資料3:従来とは異なる経済システムが誕生、価値の源泉は労働力ではなくデジタルデータへ

資料3

デジタルは国民一人ひとりに寄り添う
心強い存在に

生活満足度を高めるためには、どうすればよいでしょうか。日本ではデジタル化によって生まれる消費者余剰が、生活満足度向上につながっていました。実はヨーロッパでも同じ状況になっていて、DESI(デジタル経済社会度)の高い国ほど生活満足度が高まっています。

DESIが高く、生活満足度の高さで突出している国がデンマークです。同国では「デジタルデンマーク」をテーマに、国民一人ひとりがデジタルIDを持ち、各種行政サービスをオンラインで受けられるようになっています。デジタル戦略で世界の最先端を進むエストニアでも、15歳以上で必携とされるデジタルID経由で、電子行政手続きが可能となっています。このようなデジタル経済社会の前提となるのが、全国民のデジタルID取得です。日本も今後、マイナンバーカードの普及率向上に伴い、デジタル経済社会度が高まるはずです。

なぜ、デジタル化がいいのでしょうか。行政手続きでも窓口で対人で行った方が、手厚いサービスができる、そんなイメージがあるかもしれません。

しかし、デジタルだからこそ、一人ひとりの課題を解決するサービスが提供できます。例えば、エストニアを例にとると、60歳の私がこれまでどのような病気にかかって、どんな種類の薬を飲んでいたかが、一元管理されます。薬が合わなかった場合、医師同士でデータを共有して解決策を考えてくれます。教育についても同じで成績も管理されるなど、国の仕組みがデジタル化されることで、国民が受けられるメリットが非常に大きくなるのです。

コロナ禍が生んだ人の、時間空間からの解放

新型コロナウイルス感染症は社会と経済に大きな影響を与えました。その影響をデジタル化の側面から見ると、二つ重要な変化が起こっています。

一つはテレワークの活用促進です。テレワーク導入は以前からの課題でしたが、コロナ禍により一気に10年分ぐらい前倒しされたようです。二つ目はオンライン化の進行です。二つの変化により、人々は従来あった時間と空間の制約から解放されました。その結果、劇的な行動変容が起こり、新たな需要が生まれています。

例えばテレワークにより通勤時間が不要となり、新たに使える時間が増えました。通勤の代わりに余暇や睡眠、家事、さらに子どもと楽しむ時間が増え、いずれも新たな需要創出につながっています。人々の行動変容はビジネスにも大きな影響を与えています。エンタメ・ビジネスは、リアルなライブからオンライン配信に変わって売上が約4倍になり、ゲーム業界も増収となりました。ドラッグストアは、都心型の売上が下がったのに対して、郊外型で売上がアップしています。Amazonに代表される電子商取引は大きく増収となり、デジタル活用のD2Cモデル※も急成長しています。デジタル化は不可逆的な変化であり、これからの5年10年での変化は、これまでの5年10年とは比較にならないぐらい大きくなるはずです。(※自ら生産した商品を消費者に直接販売すること)

デジタル時代に必要なのは
アイデア、熱意、人間力

これから起こる変化の主人公は、以前の大企業でもなく、現在台頭しているAmazonやGoogleでさえないと思います。これまでとはまったく違うプレイヤーが主役として活躍できる、そんな時代が来るのです。

何か新しいサービスについて飛び抜けたアイデアを思いついた人、自分で事業を起こして世の中を良くしていこうという熱意に溢れた人、そんな若い人たちが、これからの変化の担い手です。事業を展開するのに、かつてのような大資本は不要、必要なのはアイデアとデジタルテクノロジーを使いこなす力です。

まだ始まったばかり。これから先30年の間に起こる変化は、まだ誰にも予測できません。でも今から30年後の2050年、そのとき50歳近くになっている皆さんは、きっと次のように思うはずです。「そうだ、確かに30年前からいろいろな変化が始まったんだ。あのときにはいくらでもチャンスがあった。当時、そのチャンスに気づいてさえいれば、何だってできたはずなのに」皆さんが今、これからの変化の起点となる2020年を10代で迎えている意味をよくかみしめてください。『今からなら何だってできる』、つまり皆さんはこれからの時代の主役になれるのです。この幸運を何より大切に、これからの人生を歩んでください。

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ワークショップ【探る】

テーマは【次の三つのテーマについて10年後を予測してください】➀2030年、デジタル化の未来はどうなっているでしょうか?➁2030年、皆さんはどこで、どんな仕事をしていますか?➂これから、皆さんは大学で何を学びますか?

此本先生の講演後は、それぞれのチームにわかれてワークショップを開始。此本先生から与えられたテーマは【次の三つのテーマについて10年後を予測してください】➀2030年、デジタル化の未来はどうなっているでしょうか?➁2030年、皆さんはどこで、どんな仕事をしていますか?➂これから、皆さんは大学で何を学びますか?講演内容を基にメンバー一丸となって考え、発表を行った。ここでは、優勝したチームのプレゼン内容を紹介します。

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ワークショップ【優勝したチームのプレゼン内容】

➀「デジタル化された未来」については、データの重要性が増し、ビッグデータの活用が進んでいるでしょう。ユーザーにサービスを提供する代償として個人情報を得る業種が、今後躍進する可能性が考えられます。一方ではこれまで経験値を積む必要のあった仕事が、データ化により初心者でもこなせる可能性が出てくるでしょう。
➁「どこでどんな仕事をしているのか」については、日本社会のニーズに合わせた能動的な仕事をするというのが共通項だと思います。少子高齢化を背景に、介護や医療、保険などの分野で革新が進んでいくはずです。
➂「大学で学ぶ内容」については、従来の普遍的な内容を学びつつ、新たな波に備える必要があると思います。これまでどおり、既存の学問を身につけると同時に、最新のテクノロジーもしっかり学ぶ。こうした気構えが求められると思います。

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ワークショップ【講評】

此本先生の講評

デジタル化のキーポイントは、データです。データを誰が握るのか、どうやってコントロールするのかが、良いデジタル化、悪いデジタル化を決めます。そのデータの重要性に着目してくれた点が、強く印象に残りました。

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タイトル

ナガセの教育ネットワーク

教育力こそが、国力だと思う。