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トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2021年4月1日号

建築の仕事に眠る
女性視点の新たな価値

お茶の水女子大学 准教授
東北大学工学研究科 都市・建築学専攻 准教授

長澤 夏子先生

今回は特別版、女子生徒対象のワークショップを開催。長澤夏子先生をお招きし、「新しい生活スタイルと建築環境」をテーマに講演いただいた。早稲田大学で建築を学んだ長澤先生は、建物を使う人の行動や心理、健康面から良い建物について考える研究をしています。「これまで、工学分野には女性が非常に少なかったのですが、これからもっと多くの人財が必要になります。女性の視点があると何が違うのか、講演とワークショップを通じて、考えていきたい」とおっしゃる長澤先生。

新しい建築、都市、インテリアなど生活空間の創造は、利用する人々に対する視点が重要で、超高齢社会になり、生活者視点からの新しい空間の創造に注目が集まっています。一方で気候変動や情報化といった社会の課題との対応を考える必要があります。今回の講演では、長澤先生が携わったエネマネハウスという、ゼロ・エネルギー・ハウスの設計の話もお話ししてくださいました。女性ならではの視点がどう生かされるのか。オンライン講演とワークショップの様子をお伝えします。

建築は男性の職業?
女性に「でも」できること

“今年は女子が多いな” 入学式でいわれたのが、今から30年ぐらい前のことです。建築学科の同期は160人ぐらいで、そのうち女性が23名、割合では約15%でした。

理工学部建築学科に進んだ理由は、デザインや美術に関心があったから。ただ芸術系に進むほどの才能はないと自覚していたので、建築分野でデザインを勉強しようと考えたのです。理工学部は数学や物理なども必要だからちょっと大変、などと思いながらも何とか頑張って、望みどおり建築学科に進みました。

入ってからは、思っていたよりずっと大変でした。建築の勉強は少し変わっていて、何か問題を与えられて答えを出すようなやり方はしません。問題を指示されるのではなく解くべき課題を自分で考え、その結果を建築として表現して持ってきなさいというのです。例えば「新しい美術館の設計案を持ってきてね」といった具合です。

期限までにアイデアを考え、プランにまとめるのは至難の業、どうしても中途半端な形になります。でも、それこそが先生の狙いで、そこからディスカッションして練り上げる過程に意味があるのです。なかには才能に溢れる友だちもいて、プライドがずたずたにされることもありました。

そんな経験を重ねるなかで、自分の強みはどこだろうと考えるようになったのです。建築とひとくちにいってもエンジニアリングとデザインの両輪があり、さらに細分化されています。しかも建築や工学は、女性にでも取り組める領域だと気づけたのが大きな成果でした。

人の流れを追跡
従来の工学になかった視点

大学4年で研究室に所属するようになると、研究にがぜん興味を持つようになりました。先輩の研究を手伝い、それに刺激を受けて自分の研究に取り組む。そんな中で出会ったのが「歩行の科学」です。

例えば大きな駅のホールなどでは、不思議と人が歩きやすい場所や溜まりやすい場所ができるものです。そのような違いは、何から生まれるのか。実際の駅で、歩いている人を追跡して記録するといった地道な調査を繰り返しました。調査データを元に、人の動きの違いを環境と結びつけて解釈する。考察結果は、新たな建築計画で人の動きを考えるのに役立ちます。

そんな研究に取り組んで修士論文を書いて博士後期課程に進むと、これまでの成果を実際に試すチャンスに恵まれました。ニューヨーク近代美術館(MoMA)を全面改修するプロジェクトがあり、設計者の谷口吉生さんと私の恩師が知り合いだった縁で、来館者の動線検討チームに加えてもらったのです。

谷口さんは7階建てのMoMAのビルの中に、ブリッジをつくりたいと考えていました。その際に来館者の安全性を保つためには、動線をどのように設定すべきかが与えられた課題です。来館者として想定される地元ニューヨーカーや観光客によって異なる動線を、来館者のチケットの売上などのデータも参照しながら想定しました。これまで駅などで行ってきた研究成果も踏まえ、改装される建築計画に合わせて、どこに・いつ・どれぐらいの人が集まりそうかシミュレーションを重ねました。その結果、私たちの提案が採用されたのです。

その後、大学の助手を務めながら、企業との共同研究や博士論文を進めていたところ、結婚して出産。教育の仕事と研究、論文執筆と子育てを完全に両立させるのはさすがに難しく、すべてを少しずつスローダウンしなければなりませんでした。ただ、まわりの人たちの理解に助けられて、どれも楽しく続けられた経験は得難い財産となっています。

資料1

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“ならでは”ではなく
“当たり前”が新しい

子育てを始めてベビーカーを押すようになり、私の中に新しい視点が芽生えました。よく「女性ならでは」などと言われますが、私としては「女性ならでは」などではなく「女性として当たり前」の視点です。そしてそのとき気づきました。これまで男性が多かった建築の世界では、女性の視点が新たな価値になるのだと。

実際ベビーカーを押して人が多く混み合っている場所に行くと、思うように進めません。しかもこちらは苦労しているのに、まわりの人たちからは、明らかに嫌な顔をされる。子育て中のお母さん方が「外出するのが怖い」という気持ちを私も実感しました。

そこで渋谷のスクランブル交差点で実験を行いました。交差点の中にベビーカーを押して突っ込んでいくと、歩行がどのように変化するのか。明らかに歩行速度が落ちます。さらにキャリーケースを引いている場合や、車いすを押しているとき、高齢者など歩くのが遅い人たちについて歩行解析を行いました。こうして歩行の科学に歩行弱者の視点を取り込んだのです。

博士論文では、高齢社会にふさわしい空間の研究をテーマとしました。高齢になると腰痛を訴える人が増えます。福祉工学の先生からもサポートしていただき、腰痛に悩む人たちの住宅内での動作測定を行いました。負担の大きな動作を見つけて住宅改良の参考にしたいと考えたのです。日本では高齢化が進行しており、この流れに建築も対応していかなければなりません。

女性「にしか」できないこと

2014年には学生たちと一緒に「エネマネハウス2014」に参加しました。これはZEH(ゼッチ=Zero Energy House)をつくる大学対抗戦です。設計に4カ月をかけ、2週間で実際にゼロ・エネルギー住宅を施工します。1年間の使用エネルギーをすべて自然エネルギーでまかなうためには、どうすればよいか。私たちが考えたのは「重ね着する住まい」です。太陽光で発電し、断熱材を使い、さらに温室を設けました。温度や電力量を色で見せる化して、省エネ行動を促すような仕掛けも作っています。

これまでの私の人生を振り返ると、理系にこだわりがあったというより、目の前の興味を広げ、次につなげていくうちに、現在にたどり着いたように思います。いろいろなテーマに興味を持って取り組めたおかげで、工学の世界を自分なりに拡げることができ、また工学からさまざまな繋がりも得てきました。

私が大学に入った30年前と比べれば、建築学科の女子比率は30%台と倍増しています。それでも、まだまだ少ない。さらに学部から大学院を経て研究者の道に進む女性は、ほんのひと握りです。

研究や子育てなど、計画どおりにならない時期がありました。けれども、それぞれ体験が今の研究に確実に生きています。女性も男性もそれぞれの体験があり、それぞれが生かされれば良いと思います。

日本ではまだ、女性と男性が社会的に完全に平等とはいえません。女性が社会で仕事をしていく困難や、男性が家庭の仕事を行う困難もあります。けれども、それを解消するためにも当事者である女性による科学的な視点が社会に必要です。

女性の皆さんにはぜひ、文系・理系を問わずに自分の興味や関心を広く持ってほしい。大学ではぜひ、さまざまな領域を学んで、その後に研究者という選択肢もあることを、頭のどこかに入れておいてください。女性にしかできない研究は、まだまだいくらでもあるのだから。

資料2

資料1
ワークショップの写真

ワークショップ【探る】

テーマは【新しい生活スタイルに対応する空間を考えよう】

長澤先生の講演後は、それぞれのチームにわかれてワークショップを開始。長澤先生から与えられたテーマは【新しい生活スタイルに対応する空間を考えよう】。講演内容を基にメンバー一丸となって考え、発表を行った。ここでは、優勝したチームのプレゼン内容を紹介します。

ワークショップの写真

ワークショップ【優勝したチームのプレゼン内容】

住宅を「プライベートを守る空間」から「社会とつながる空間」へ

テーマは「個人の空間と社会の空間をつなげる住宅」です。ターゲットは20代から50代ぐらいまでのファミリー層で、子どものいる家庭としました。目的は、個人と社会をつなぎ、仕事と個人生活を両立できる住宅の提案です。具体的には5階建で中庭があり、中庭を囲む形の住宅です。
個人空間はリモートワークを前提として、上層階に共同で使えるリモートワークの専用空間を設定します。一方で中庭は保育園も常設して、子どもたちが遊べる空間とします。円形にすることで各家庭がベランダを通じて語り合い、コミュニティを形成できるよう考えました。ZEHの考え方も取り入れています。
住宅はかつては「プライベートを守る空間」でしたが、これからは「社会とつながる空間」として捉えたいと思います。

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ワークショップ【講評】

長澤先生の講評

現状の課題解決に加えて「ご近所同士がベランダ越しにおつき合いする」といったアイデアが盛り込まれるなど、新しい楽しみを取り込むプラス発想がとても良かったと思います。プライベートを単に守るだけではなく、人とのつながりの可能性にも触れられていて、皆さんのように若い世代の人たちのコミュニケーションが、良い方向に変わっている。そんな希望を感じさせてくれる点を評価しました。

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