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トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2021年9月1日号

スーパー分子が世界を変える

名古屋大学大学院 理学研究科 物質理学専攻教授
第6回 フロンティアサロン永瀬賞最優秀賞

伊丹 健一郎先生

今回は名古屋大学理学研究科で教授を務める化学者、伊丹健一郎先生をお招きして「価値を創造する合成化学と異分野融合のチカラ」をテーマにご講演いただいた。

【ご講演内容】

伊丹先生は、高校3年生のときに有機化学を学び始めてベンゼンに魅せられ、それ以来ずっとその魅力に惹きつけられてきました。“ベンゼンで世界を変える分子を作る”――高校生のときに抱いた夢を、今も追い続けているのです。世界にはエネルギー、食糧、環境、医療など数多くの問題が存在します。その解決策を分子で見出すのが、伊丹先生の変わらないスタンスです。

画期的な機能を持つ分子や構造的に美しい分子を開発し、世に送り出す。そのゴールは世の中の問題を解決し、新しい価値を創造すること。分子が秘める無限の可能性とはどのようなものなのでしょうか。未来を担う高校生に向けての問題提起となったオンライン講演とワークショップの様子をお伝えします。

世界は分子でできている

分子とは、複数の原子が化学的に結合した物質です。その大きさは1億~10億分の1メートルほど、例えるなら地球の約1億分の1がサッカーボールで、さらにその約1億分の1がフラーレンと呼ばれる分子になります。フラーレンの直径は1ナノメートル、つまり10億分の1メートルです。

分子といっても原子の組み合わせによって天文学的な数の種類の分子が原理的に可能です。ざっと1060ぐらい。ちなみに人体の細胞の数が3.7×1012 、宇宙に存在する恒星の数が1022ですから、分子は桁外れに種類の多い物質であり、その中でもベンゼンを私は10代の頃からずっと愛し続けています。

ベンゼンが発見されたのは1800年代、その構造が炭素6個からなる美しい六角形と判明したのが1865年です。医農薬、香料、染料、プラスチック、液晶、電子材料などにベンゼンは用いられていて、私たちの生活はベンゼンなしでは成り立たないといっても過言ではありません。

身の回りにもベンゼンはたくさんあります。例えばベンゼン環に酸素と水素が付いたベンズアルデヒドはアーモンドの香り、これにさらに酸素原子を加えるとバニラの香りになります。バニラの香りをフラスコの中で一瞬の内に、とうがらしの辛味成分カプサイシンに変えることも可能です(資料1)。分子のかたちが変わると性質と機能は大きく変わります。自由自在に分子を作る方法が合成化学なのです。

資料1

資料1

レゴのように自由自在に分子を組み立てる

合成化学で分子を作る方法を「分子レゴ法」(資料2)と呼びます。自然界にある石油や石炭、植物からはさまざまな有機分子が得られます。これらの分子を部品として組み立て、必要な分子を作るのです。

例えば鎮痛薬のアスピリンは、ベンゼンに水と酢酸、二酸化炭素を加えて作ります。レゴと同じように部品が揃えば、目的とするものを作り出せる。あるいは同じ部品を使いながら、多様なものを作り分けることも可能です。最終製品の機能を調整したい場合には部品の構造を少し変えればいいのです。

合成化学とは「無」から「価値」を生む学問とも言えます。例えるなら分子は言語と似ていて、分子を構成する原子一つひとつは、アルファベットの一文字に相当します。一つでは意味を成さないけれども、原子がいくつか集まると分子になる、アルファベットが適切な順番でいくつか並べられると意味のある単語になるのと同じです。さらに分子の集合体ができると、いろいろな機能を持つようになる。これは単語を集めて適切に並べると文章が成立して、価値が生まれるのと同じです。

新しい分子の開発とは、新しい単語を作ることであり、それは「無」から「価値」を紡ぎ出す行為です。ベンゼンや分子のチカラを信じている私には一つ、とてつもない夢があります。

資料2

資料1

美しいものには優れた機能が宿る
歴史が証明している真理

私の夢、それはスーパー分子を作ることです。スーパー分子の定義は二つあり、一つは世の中の問題を解決する分子です。健康医療や食糧、エネルギーから水の問題まで世界は問題に満ちています。こうした問題を解決できる画期的な機能を持つ分子を作ってみたい。

もう一つのスーパー分子とは、とにかくカタチが美しい分子です。機能はさておき、圧倒的に美しい分子を作りたい。「美しいものには優れた機能が宿る」は、歴史が証明している真理。美しさを追求していけば、何らかの問題解決につながるはずです。

研究室では「新反応・新触媒」「最先端生物学」「炭素材料」と三つの方向性で研究を進めています。いずれも基本的なプロセスは同じで、まず作りたいものをデザインし、分子を合成して、その機能を確認していきます。

こうした研究の進め方は、分野融合型合成化学と呼ばれています。興味の赴くまま、目の前の課題に一所懸命に取り組んでいたら、結果的に新しい研究領域の開拓につながりました。

これまでを振り返ってみて、私を後押ししてくれる人が1人いることに気づきました。それはアップルの創業者、スティーブ・ジョブズです。彼が残したことばの中でも、次の二つが私を支えてくれています。

“stay hungry, stay foolish”を私は、前例にとらわれず、人にどう思われようと自分の信じた道を突き進めと受け止めています。もう一つは“Creativity is just connecting things”創造性とは何かと何かをつなげることだと。これこそは分子と分子をつなげて新たな価値を創造する合成化学そのものです。

世界初、半世紀以上に及ぶ
化学者の憧れをついに実現

分野融合型の合成化学に関して、2005年に名古屋大学に着任した当初から、合成化学とナノカーボンをつなげた「分子ナノカーボン科学」を進めてきました。さらに2012年からは合成化学と植物科学、さらに体内時計を組み合わせて「植物ケミカルバイオロジー」と「ケミカル時間生物学」という新たな研究領域を開拓しています。

分子ナノカーボン科学とは、ベンゼンを使って新しい炭素のカタチを作る取り組みです。カーボンは炭素の並び方(カタチ)が違うだけで、黒鉛にもなればダイヤモンドにもなる。カタチが違うと機能がまったく変わります。その一例が材料科学の分野に革命をもたらした材料ナノカーボン、つまりナノメートルサイズの炭素材料です。

ベンゼンを集めればサッカーボール状のフラーレン、筒状のカーボンナノチューブ、さらにはシート状のグラフェンなどができます。いずれも革命をもたらした物質ですが、二つ大きな問題を抱えています。それは混合物としてしか合成できないという問題と、いまだ合成できていない炭素のカタチが存在することです。

そこで私たちは分子レゴ法を使い、カーボンナノベルトやワープド・ナノグラフェンなどこれまで存在しなかった新しい炭素のカタチを作り出しました。なかでもカーボンナノベルトは、理論的には美しいカタチの分子として半世紀以上も前から知られていながら、これまで誰も作れませんでした。そのカーボンナノベルトの合成に私たちは世界で初めて成功したのです(資料3)。その構造をX線結晶構造解析によって確かめたときは、あまりに嬉しくて思わず研究室の中で飛び跳ねてしまいました。

カーボンナノベルトが、何の役に立つのか。今のところまだわかっていません。けれどもフラーレンがそうだったように、美しいものには必ず機能が宿ります。カーボンナノベルトもおそらく同じ道をたどると信じています。美しい炭素を求める取り組みでは、オールベンゼンカテナンやオールベンゼンノットなどの新しい幾何学構造を実現しています(資料4)。美術館で展示されるほど美しい分子を作る夢を、いつか叶えたいと日々研究を重ねています。

資料3

資料1

資料4

資料1

分子で世界を変える

もう一点、ベンゼンを使って健康医療問題や食糧問題の解決に挑んでいるのが、ITbM(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所)です。研究所のスローガンは「分子で世界を変える」、そのために合成化学、植物科学、動物科学と理論化学が、フルスケールでコラボレーションしています。

いくつもの取り組みの中で成果を出し始めているのが「ストライガ問題」の解決です。ストライガとはイネやトウモロコシの寄生植物で、アフリカの耕作地の3分の2ほどが、この植物に侵されています。その結果、年間1.3兆円もの損害をもたらして、1億人の生活を脅かしている。このストライガ問題を解決する分子を、ITbMの若手研究者のグループが開発し、現在はケニアでの実験を進めているところです。ほかにもITbMでは、気孔の数を増やす分子や体内時計を制御する分子、時差ボケを解消する分子などを続々と開発しています。

分子にはまだ無限の可能性があります。美しい分子には必ず機能が宿るのです。私は10代からずっと、美しい分子を作る夢を追いかけてきました。夢を忘れず果敢に挑戦する、その意味で私にとっては『ドラえもん』が先生です。ドラえもんに描かれている秘密道具は研究のネタになるし、実現できればノーベル賞クラスの研究になる。みなさんもぜひ自分の夢を見つけて、ワクワクする人生を歩んでください。

ワークショップの写真

ワークショップ【探る】

テーマは【ドラえもんの新しい秘密道具を考え、それを実現させるには】

伊丹先生の講演後は、それぞれのチームにわかれてワークショップを開始。伊丹先生から与えられたテーマは【ドラえもんの新しい秘密道具を考え、それを実現させるには】。講演内容を基にメンバー一丸となって考え、発表を行った。ここでは、優勝したチームのプレゼン内容を紹介します。

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ワークショップ【優勝したチームのプレゼン内容】

二酸化炭素からシャープペンシルの芯を作る

二酸化炭素から炭素を取り除く技術、炭素でシャープペンシルの芯を作る技術は、合成化学につながります。しかも、この二つのプロセスを小さなシャープペンシルの内部で完結させるのです。
実現すればCO2削減による地球温暖化防止につながり、芯を入れるケースに使われているプラスチックの削減にもつながります。しかも勉強している途中で、シャープペンシルの芯がなくなることもないので、芯の残りを気にすることなく勉強に集中できると考えました。

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ワークショップ【講評】

伊丹先生の講評

素晴らしいアイデアで、個人的にもめちゃくちゃ好きなタイプの考えです。世の中に溢れていてしかも問題を引き起こしているCO2を、ごく身近なシャープペンシルで解消できる。技術的には難しいところがあるけれど、原理的には絶対できるはずで、だからこそ実現すればノーベル賞もの。もう一点、地球温暖化という地球レベルの問題の壮大さと、高校生らしく勉強に集中するという身近さの組み合わせが最高だと思いました。

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ナガセの教育ネットワーク

教育力こそが、国力だと思う。