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トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2021年10月1日号

生きた細胞でロボットをつくる

東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻
東京大学生産技術研究所/神奈川県立産業技術総合研究所
第7回 フロンティアサロン永瀬賞最優秀賞

竹内 昌治先生

今回は東京大学大学院情報理工学系研究科で教授を務める竹内昌治先生をお招きして「異分野融合研究で近づくSFの世界」をテーマにご講演いただいた。

【ご講演内容】

竹内先生は、髪の毛の直径よりも小さなサイズでの「ものづくり」の研究に取り組んでいます。目指すのは、生体由来の素材を使った血管や皮膚、培養肉、さらにはアンドロイドの製造まで。また、細胞を使って、神経や血管、あるいは皮膚や筋肉などを体外でつくること。そんな研究の最新の成果が「生体素材を使った指型ロボット」です。研究を再生医療や創薬、食品産業などに応用し、人の生活をよりよくしていくには、異分野研究との融合が欠かせません。未来につながる最先端の研究や新しいアイデアを見出すヒント、研究リーダーとしてさまざまな研究者を率いるときに必要な視点などをお話しいただいた、オンライン講義とワークショップの様子をお伝えします。

世界初!
筋肉と機械が合体してできたロボット

2018年5月に世界で初めて、生きた筋肉で動かすロボットをつくりました。樹脂製の骨格に骨格筋をモデルに培養した筋肉の組織をつけ、電気刺激を加えて動かします。サイズはわずか1センチぐらい、これほど小さなサイズで精密に動くロボットは、そう簡単にはつくれません。しかも、このロボットの特徴は、動きが極めて静かでエネルギー効率が高いことです。さらに細胞でつくられているから、今後は自己再生や自己修復などの機能も追加可能と考えています。

また指型ロボットは、その表面を人間の皮膚を構成している真皮・表皮と同じようにつくりこみました。だから人の皮膚と同じく水を弾くほどのみずみずしさを備えています。その先に見えてきたのが、全身に皮膚をまとったロボットです。

これまでさまざまなヒューマノイドロボットがつくられてきましたが、それらが本物の人の皮膚で被われるとどうなるでしょうか。人間なのか機械なのかがすぐにはわからない……。そんなロボットが近い将来、登場する可能性があります。私の最終目標はバイオハイブリッドロボットの実現です。そのためには機械工学、情報工学、化学、生物学、医学から社会心理学や歴史学なども網羅した文理を横断する「超異分野融合型」の研究が必要です(資料1)。

資料1

資料1

合言葉は‟THINK HYBRID”

とにかくいろいろな研究をハイブリッドに進める、要するに「いいとこ取り」しながら考えていく。これが私のやり方です。HYBRIDという言葉に出会ったのは今から25年ぐらい前でした。

中学・高校時代からSFの大好きな少年でした。その頃流行っていた映画『ターミネーター』や『ロボコップ』などではロボットが大活躍、それを見てワクワクすると同時に、どうしたらこんなロボットをつくれるんだろう、つくりたいと思った。工学部・機械工学科に進んだのは、そんなロボットをつくりたかったからです。

大学4年生になると研究室に配属されます。研究室では昆虫規範型ロボットを扱っていました。そこで先生から言われたひと言が、インパクトのある研究につながりました。

「竹内君、昆虫をしっかり見て、そのエッセンスを抽出して、昆虫の機能を模倣したロボットをつくってみなさい」

指示されたとおり毎日、研究室で飼っている昆虫を一日中観察していました。ところが小さな虫たちの動きはとても速く、その動きを真似しようにも何をやっているのかほとんどわからない。当然、その動きを元にしたロボットなどつくれそうもありません。

考えた末に先生に提案したのが、昆虫の脚だけを使わせてもらうロボットでした。昆虫の脚に電気刺激を加えれば動くのではないか。突拍子もないアイデアですが、先生は「やってみなさい」と背中を押してくださいました。

その結果できたのが‟Roboroach”、バイオハイブリッド昆虫ロボットです。昆虫の脚の屈筋、伸筋に電極を取り付けて電気刺激を与えると脚が動きます。1995年の段階で、このサイズで生き物のように動く脚のロボットは、世界のどこにもありませんでした。生物と機械を融合させると、機械だけでは絶対に実現できなかったものをつくることができる。そのおもしろさにとりつかれて、今に至っています。

昆虫の力でつくる超高感度センサ

機械工学の基本は、最初に部品をつくり、次にそれを組み上げること。このアプローチを生物に応用しようと考えました。生物の部品は細胞、だから細胞をつくり、組み上げて形にする。研究を進めるうちに、さまざまな生体材料を組み合わせて、三次元的なものづくりができるようになってきました。

次の目標と定めているのが、生体と機械を融合したもの‟バイオハイブリッドデバイス”です。今日3つ紹介する中の一番目はバイオハイブリッドセンサ、これは分子生物学と工学の融合です。

人だけでなく昆虫も含めて生物は、とても優れたセンサを持っています。なかでも注目したのは昆虫の触角にある嗅覚受容体というタンパク質です。それを分子細胞生物学的に取ってきて、機械と組み合わせれば昆虫と同レベルのセンサができると考えました。

細胞膜にある膜タンパク質は極めて優れたセンサで、ほぼ1種類の分子だけに反応します。特定の分子を認識すると、その信号を1000万倍にも増幅してくれる。これを応用すれば超高感度センサをつくれます。

この蚊の嗅覚受容体を使ったセンサを、災害現場での人命救助に活用します。震災や土砂災害などの現場では災害救助犬が活躍しています。けれども犬は生き物だから集中力が続かない。蚊を使ったセンサが犬の鼻並みの嗅覚を発揮できれば、24時間動き続けてくれます(資料2)。

実際、人の汗に嗅覚受容体が反応しイオン電流を流すセンサをつくりました。その結果できたのが、世界で初めて蚊の触角をセンサとし、人の汗に反応するロボットです。超高感度センサは、人間の病気、例えば糖尿病やがんの早期発見にも応用できます。

資料2

資料1

細胞カートリッジで糖尿病を治す

次に紹介するバイオハイブリッドリアクタは、医学と工学のコラボレーション、糖尿病治療に役立てます。糖尿病は膵臓の機能が低下し、血糖値を下げるインスリンを分泌しなくなるため発症します。

そこでiPS細胞から新しく健康な膵臓の細胞(膵臓細胞)をつくって、体の中に移植します。細胞の大きさは、せいぜい10ミクロンぐらいです。とはいえ細胞を分離した状態で体内に入れても、狙った機能は発揮してくれません。人の身体は、細胞同士が寄り添った3次元的な構造になっているため、体内に入れた細胞も3次元的に構成されていないと機能しないのです。

体内に細胞を移植する場合、ほかにも問題があります。本人以外のiPS細胞からつくった細胞組織を体内に入れると、免疫反応により機能を発揮できないケースがあります。またiPS細胞でつくった細胞には、未分化細胞が混ざっている場合、がん化のリスクもあります。

こうした問題を解消するのが、3次元化した組織をカートリッジ型にした移植片、バイオハイブリッドリアクタです。カートリッジは、溶液を通すけれども細胞は通さない半透明の膜で被われています。この膜が、免疫系の細胞によるアタックを防ぎます。一方で、糖尿病を引き起こすグルコースのような糖分は膜の中に入る。すると膵臓細胞が機能して、インスリンを出す。このインスリンが体内をめぐり、血糖値を正常に戻します。カートリッジになっているから、万が一問題が起こったときには、すぐに体内から取り出せます。将来的に糖尿病患者さんの治療に応用できるよう研究を進めています。

培養肉が世界の食糧問題を解決する

もう一つはバイオハイブリッドアクチュエータ、食と工学の融合による培養肉の開発です。みなさんもおいしい肉は大好きでしょう。ただし、これからは、肉を育てるのではなく、つくる時代に変わります。牛を殺さずに細胞だけをもらい、その細胞を工場で増やすのです。

この課題に取り組むべき理由は4つあります。第1は食糧問題で、今後の人口増加に対して、牛肉に頼っていてはタンパク質の供給が追いつきません。第2は環境問題で、肉を供給するため畜産を増やせば地球環境に大きなダメージを与えます。第3は安全性の問題で、畜産により動物と人が一緒に暮らすと感染症などを起こすリスクがあります。そして第4は動物の福祉で、いかに家畜にとって快適な環境下で飼育するか、いかにフードロスを引き起こす無駄な屠畜を減らすかなどが問われています。

これらの問題を一挙に解消するのが、体外で作られる培養肉です。とはいえ2013年に世界で初めてつくられた培養肉は、ハンバーガー1個分で3800万円もしました。それがあと数年で2000円程度の価格で販売される予定です。このコストをいかに下げて、しかもハンバーグではなくステーキとして食べられる肉をつくるかが課題となっています。

ミンチ肉とは違ってステーキ肉にするには、筋肉組織をつくる必要があります。細胞を培養して融合させて整った筋線維をつくらせる。これをシート状にして積み重ねていきます。残る課題は、できた筋肉に電気刺激を加えたときに筋収縮が起こるようにすること。このレベルまで到達できれば、本物のステーキの食感を再現できるはずです(資料3)。これら工学と異分野の研究を融合させるハイブリッドな研究は、まさに高校時代に憧れていたSF世界の実現につながります。最初は純粋に何かつくりたいという夢物語のような思いから始めて、最終的には世の中の役に立つところまで練り上げていく。これが工学研究の何よりのやりがいであり、興味の尽きないところです。

資料3

資料1
ワークショップの写真

ワークショップ【探る】

テーマは「THINK HYBRIDを体験する」【グループ内で各自が好きなこと得意なことを共有し、それを組み合わせて何ができるか考えよう!】

竹内先生の講演後は、それぞれのチームにわかれてワークショップを開始。竹内先生から与えられたテーマは「THINK HYBRIDを体験する」【グループ内で各自が好きなこと得意なことを共有し、それを組み合わせて何ができるか考えよう!】。講演内容を基にメンバー一丸となって考え、発表を行った。ここでは、優勝したチームのプレゼン内容を紹介します。

ワークショップの写真

ワークショップ【優勝したチームのプレゼン内容】

動物実験の課題解決のためにファミレスを応用する

現状の課題として、年間約2200万匹の動物が実験で死んでいることが挙げられます。これを何とか減らせないかと考えて、思いついたのがファミレス、具体的にはファミレスの使い回し技術です。ファミレスでは「材料+α」方式を採用していて「+α」の部分を変えてさまざまなメニューをつくっています。この考え方を動物実験に適用します。肺に関する実験をマウスで行う場合、iPS細胞でつくったカートリッジ型の肺を予めマウスに移植して実験を行い、実験終了後に移植した肺を取り除く。これなら動物に対する害を防げると考えました。

ワークショップの写真

ワークショップ【講評】

竹内先生の講評

動物実験を減らすのは、あらゆる研究者が意識している課題ですが、これをファミレスと結びつけた人は、おそらく誰もいなかったと思います。その意味でワークショップで異分野が融合すると、とんでもなく素晴らしい発想が生まれる体験を実感させてもらいました。研究としてもおもしろい可能性を秘めていると思います。

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