ページを更新する ページを更新する
トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2022年5月1日号

超ミクロの世界その先に広がる無限の可能性

東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 機構長 教授
2015年フロンティアサロン永瀬賞最優秀賞

柴田 直哉先生

【ご講演内容】

研究やビジネスの最前線を走る“現代の偉人”を講師に迎える「トップリーダーと学ぶワークショップ」。2022年柴田先生の研究成果をまとめた論文が、『Nature』誌に掲載されました。原子を直接観測できる世界最高峰の電子顕微鏡を開発して、ついには原子の内部やその周囲の構造までも観えるようになったのです。高性能材料の開発や新規デバイスの創出につながると語る柴田先生のオンライン講義と、ワークショップの様子をお伝えします。

「見えない」ものを「観た」驚き

今でこそ私は「電子顕微鏡をこよなく愛する男」と自称していますが、実は学部生時代は、魚釣り一色の生活でした。巨魚を求めて、日本中の離島を釣り歩く日々を送り、ついには大学を2カ月も休学してアマゾンまで怪魚を探しに行ったりもしました。

けれども、そこまで徹底してやったから、自分なりにやり切ったのでしょう。帰国後は、まるで憑き物が落ちたかのように釣りへの情熱は薄れていき、次は何かで人の役に立ちたいと考えるようになったのです。

当時所属していたのがセラミックスの研究室であり、そこで解析ツールの電子顕微鏡と出会いました。これを使って「観た」のが、まさに普通なら「見えるはずのない」原子の世界です。原子の美しさには、私の直感に強く訴えかける力がありました。

これはおもしろいと引き込まれて博士課程修了後に研究員として渡米、当時世界最高レベルの電子顕微鏡を持っていたアメリカのオークリッジ国立研究所で研究三昧の日々を送ります。そこでセラミックス界面の複雑な原子構造の可視化に世界で初めて成功し、研究成果が『Nature』誌に掲載されました(資料1)。

この体験により、見えないものを観る研究のインパクト、その先で起こりうる科学のブレイクスルーの可能性を身をもって感じました。自分はこれを研究したいと、心から思える対象と出会えたのです。それから「観る」を極めたい、その先に潜む世界を開拓したいと考えるようになりました。

帰国後は、電子顕微鏡を使って材料の研究に取り組んでいます。材料といわれてもあまりに身の回りにありふれているため、普段はほとんど意識されないかもしれません。逆に言えば世の中は材料であふれているのです。環境・エネルギー分野、社会基盤、情報から医療などを根底から支えているのが材料です。その材料は原子の集合体、つまり材料の最小単位は原子です。

では原子によって物の性質は決まるのでしょうか。どちらも炭素原子だけでできている二つの物質、鉛筆とダイヤモンドを思い浮かべてください(資料2)。同じ炭素原子だけで構成されているとはいえ、この2つは見た目も性質もまったく違う。その違いは原子が作る構造によるのです。

鉛筆は炭素原子が六角形のシート状構造となっているのに対して、ダイヤモンドは立体的で強固な構造です。原子同士が結合して作るナノレベル(10m=10億分の1m)の構造が物質の性質を決める。だからナノレベルで原子を操作できれば、良い物質や材料をつくりだせる。これがナノテクノロジーの原点です。

そこで必要となるのが、ナノ世界の構造を観察できる顕微鏡です。ただし光学顕微鏡では、光の波長が長すぎるためナノメートルの世界は観察できません。観察には可視光よりももっと短い波長が必要であり、そのために使われるのが電子です。

電子を電圧で加速すれば速度が増し、その波長をどんどん短くできます。仮に電圧25kVで加速すれば、電子線の波長は約0.007ナノメートルとなり、ナノの世界を十分に観察できます。

電子顕微鏡は、さまざまな分野で人類の発展に貢献しています。最近よく見かけるようになったコロナウイルスの画像は電子顕微鏡によるものであり、ほかにもカーボンナノチューブなど新素材の発見、半導体開発から医学や創薬の分野でも電子顕微鏡が活用しています。科学と人類への貢献が高く評価されているから、顕微鏡関連の研究者はノーベル賞の常連になっているのです。

資料1

資料1

世界最高の電子顕微鏡を開発

電子顕微鏡の分解能を高める方法には、波長を短くするほかにもレンズの改良があります。実際問題、現時点で分解能の制約要素となっているのはレンズです。

光学顕微鏡で使っていた光学レンズの代わりに、電子顕微鏡では磁界レンズを使います。磁界レンズではローレンツ力を利用して電子線を集束するため、その分解能は、磁界レンズの収差に制約されるのです。だから収差を補正できれば、分解能を高められる。さまざまな工夫が重ねられ収差補正技術の発展によって、世界最高性能となる40.5pm(ピコメートル:=1兆分の1m)の分解能を達成しました。

もはや原子1個が直接観ることができるレベルです。では、次は何を観るべきか。最初に取り組んだのが全元素の原子の可視化であり、その際に難題となるのが、水素をはじめとする軽い元素の扱いです。これらの元素は電子を弾く能力が小さいため、電子顕微鏡での観察は容易ではありません。

課題解消のために開発したのが環状明視野法で、これにより酸素が観えるようになり、さらには結晶中の水素原子の直接観察にも世界で初めて成功しました。

原子番号1番、最もシンプルな水素原子の半径は約53pmです、ここまで観えるようになれば次のターゲットは何か。原子の内部構造を考えれば、原子核のまわりを電子雲が取り巻いています。そして原子同士は、電子を介して結合しています。原子の結合によってできる構造が、材料の物性にとって重要なポイントであるなら、原子と原子の間の結合を担う電子を捉えられないかと考えました。

ついに観えた!電子の振る舞い

電子の振る舞いを捉えるために電磁場を観るのです。電磁場とは、電気的及び磁気的な力を及ぼす空間の性質を意味します。原子の電磁場を捉えられれば、原子核はもとより、その周囲の電子の振る舞いも捉えられるはずです。

そのため微分位相コントラスト法を採用し、さらに分割型検出器を自分たちで開発、遂に世界で初めて原子内部の電場観察に成功します。原子の中心からマイナスの電子雲が四方八方に湧き出している様子を観察できるようになったのです(資料3)。

原子内部の電場を観察できたのなら、次は磁場も観えるはずです。ただ理屈では可能とはいえ、実際に磁場を観るためには大きな技術的な課題を三つ解消する必要があります。根本的なレンズの問題、磁場の信号の弱さ、磁場と電場の信号の分離です。

常識では原子の磁場など観えないと言われていました。けれども常識を打ち破るアイデアを思いついた結果、実現したのがMARS(Magnetic field free Atomic-Resolution STEM:原子分解能磁場フリー電子顕微鏡)です。MARSとは火星を意味しており、最初は冗談で「火星に行くほど難しい開発」ということで名づけましたが、実は火星は地磁気の無い星(磁場フリー)だと後で知りました。おもしろい偶然です。

資料2

資料2

原子の電磁場観察が拓く未来

MARSを使い原子の磁場観察に成功したのが、2021年でした。MARSの開発に取り組んでから7年経っています。これを使いヘマタイト結晶の磁場観察を室温と低温(113K)で観察した結果、温度変化による原子磁場変化の可視化に成功します。観察結果は、理論計算から導かれた結果とも一致しました。

顕微鏡開発の歴史を塗り替えたとマスコミに取り上げられた成果は、2022年2月10日号の『Nature』誌に掲載されました。ここまで来るのに10年以上かかりました。とはいえ「電子顕微鏡をこよなく愛した」結果、こんな超ミクロの世界までを観察できるようになったのです。

世の中には数多くの磁性材料が使われています。より高性能な磁性材料開発に、私たちの技術がきっと貢献できるはずです。では、電子顕微鏡の分解能は、限界にまで到達したのでしょうか。

実はまだそこまで達してはいません。現状の空間分解能は理論限界には及んでいないため、観えないものがまだまだたくさんあります。何より温度があれば必ず振動しているはずの、原子の振動さえもまだ直接観察できていないのです。

私が目指すのは「一観万知」、一目観るだけで、物事の本質を理解できる顕微鏡です。ミクロの宇宙には無限の可能性が秘められています。その可能性の先は、大きな社会貢献につながっているのです。前人未到の領域に挑戦する研究者、そんな生き方が私には限りなく面白く、日々ワクワクしながら過ごしています。

資料3

資料3

ワークショップ【優勝したチームのプレゼン内容】

将来可視化できたらいいことってなんだろう

チーム全員が一致して、即決で出たのが「音」の可視化です。工場現場や家の設計時に音漏れ具合を可視化できれば、騒音問題の解決につながります。映画館や劇場で音を可視化 できれば、すべての席に均等に音を届けられるようになるでしょう。さらに難聴の方でも音楽を、視覚的に楽しめるのではないでしょうか。聴覚だけで楽しむ音楽に加えて、色のついた音を観られるようになれば、新しいエンターテイメントの可能性 があり、芸術やアートの幅も広がります。救急車がパトカーのサイレンが可視化されれば、音を聞き取りにくい人も安心です。音を可視化するためのツールとしては、ARグラスが使えると考えています。

ワークショップの写真

ワークショップ【講評】

柴田先生の講評

音として聞いている情報を、色彩として観えるようになれば、いろいろな可能性が出てくると思います。耳の聞こえにくい方への配慮も嬉しい視点です。さらに音は音波だから、その振動数 によって分割が可能でしょう。そうだとすれば、音の波長を光の波長に変換する、またその逆の光を音に変換することは技術的に可能ではないかとも思いました。

未来発見サイト

タイトル

ナガセの教育ネットワーク

教育力こそが、国力だと思う。