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トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2022年9号

デジタル社会で問われる
ゴリラに学ぶ共感力

総合地球環境学研究所 所長

山極 壽一先生

【ご講演内容】

研究やビジネスの最前線を走る“現代の偉人”を講師に迎える「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は第26代京都大学総長を務め、現在は総合地球環境学研究所で所長を務める山極壽一先生をお招きして「ゴリラに学んだチャレンジする心」をテーマに、コミュニケーションをめぐる人の進化やリーダーに求められるチャレンジ精神などについて講演いただいた。

サルを知ることは人間を知ること

京都大学に入学し、未経験だったことをやろうとスキー部に入りました。そしてあるとき雪山でサルを観察している人と出会ったのが、今に至るキッカケです。

「サルの観察などして何がおもしろいのですか」と尋ねると、その人は「君ね、サルを知ることは人間を知ることなんだ」 と返してきました。 言葉を持たない動物も社会を持ち文化を育む、だから研究するのだと。これはおもしろいと、それからサルの研究に打ち込んだのです。

日本を北から南まで歩いて、サルの生態や行動、社会を調べました。屋久島では自分たち学生だけで小屋を立てて滞在し、9カ月かけて調べ尽くしました。

その後、より人間に近い霊長類のゴリラを調べるためアフリカに旅立ちました。私の所属していた研究室では、先輩がアフリカまで連れて行ってくれます。

ところがそこでバイクを1台買ってくれると「あとは勝手に自分でやれよ」 と放り出される。 これは「捨て子の精神」と呼ばれていて、それから自分一人で考え、現地で仲間を作って9カ月間調査しました。このときの体験は、後の人生にとってかけがえのない財産となっています。

フィールドワークでは一人でゴリラの群れに入り込み、彼らと一緒に暮らしながら、一頭一頭に名前をつけて行動を記録していきます。地道な調査の結果、胸を叩く特有の動作「ドラミング」が、けっして攻撃の前触れなどではなく、 コミュニケーションの手段であると理解できました (資料1) またゴリラたちは、お互いの目を何秒も見つめ合っています。実際にゴリラの群れの中で調査していると、 私もゴリラからじっと見つめられました。

調べてみるとチンパンジーも同じように顔を近づけて目を見つめている。だったら系統的に近い人間はどうなのか。

資料1

資料1

ゴリラは相手の目を読み共感する

人間も対面して顔を突き合わせています。けれどもゴリラのようには近づかない。それでいて顔を見合わせている時間は、ゴリラより長い。その理由は「話をするからだ」というけれど、本当にそうでしょうか。研究者は常識を疑うのが仕事です。

チンパンジーやゴリラの目と人間の目を比べてみると、そこにヒントがあった。つまり人間の目にだけ白目があります。白目があるおかげで、少し間をあけて向き合うと、目の微細な動きを捉えられ、そこから相手の気持ちを読めるのです。しかも人は、自分の目の動きを自分では調節できません。だから、その人の正直な気持ちが目に表れるのです。

人間とゴリラたちのもう一つの違いが脳の大きさです。ゴリラの脳が平均500ccに対して、人間の脳は約3倍、1500ccぐらいある。なぜ、そんなに大きくなったのか。

よく言われるのが、人間は言葉を使うために高い知性を持ち、それを収納するために大きな脳が必要になったという説です。ここで再び「それは本当だろうか」と疑う。

実際に脳が大きくなった時期を検証すると、大きくなり始めたのが200万年前、現代人並みになるのが40万年前、まだ言葉など使っていない時代です。 だから言葉は、 脳の大きさとは関係ない。

脳が大きくなった理由について興味深い仮説を出したのが、人類学者のロビン・ダンバーで、彼は脳の大きさはつき合う仲間の数が増えたからだと唱えた。脳は社会脳として大きくなったというわけです。

実際に人の集団規模とコミュニケーションを考えると、15人ぐらいまでなら言葉は不要です(資料2) 。サッカーやラグビーをする際には、体を共鳴させてチームワークを作るから、動くときにいちいち言葉は使いません。

これが30人から50人ぐらいになると学校でのクラスで、お互いの顔と性格をよくわかっているから一致して動ける。そして150人がダンバー数といわれて、人間が作る集団の限界です。アフリカでゴリラを一緒に調査してくれたピグミーやブッシュマンたちの、平均的な村のサイズもだいたい150人でした。

脳の大きさだけでは150人が限界だとすれば、言葉とは150人を超える人たちとつき合うために生まれたコミュニケーションの手段と考えられます。一方で言葉に頼らない集団で大切にされたのが、相手の白目を読みながら気持ちを察する共感力です。

資料2

資料2

共感力から言葉が生まれた

なぜ人間は共感力を高める必要があったのか。その理由は子育てです。人間は、安全で食物も豊富な熱帯雨林から、危険の多いサバンナに出ていきました。そのため初期には多くの人が、それも特に幼児や乳児が肉食動物に襲われたはずです。これに対抗するためには、一度にたくさんの子どもを産むか、毎年子どもを産む必要があります。

となると人間は毎年子どもを産むしかないため、赤ちゃんを母親のおっぱいから早く引き離さなければならない。しかも直立二足歩行するようになった人間は、骨盤の形がお皿状になったため、頭の小さな赤ちゃんしか産めません。だから生まれてから急速に脳を成長させなければならない。そのためには赤ちゃんに膨大なエネルギーを与える必要があります。

そこで生まれながらに持っている体脂肪を使うことで、赤ちゃんの脳は一年で2倍になります。ゴリラの脳は4歳で成人の大きさに達するけれど、人間は12歳から16歳で成人の大きさに達する。脳にエネルギーを回すために身体の成長が遅れ、その後急速に体が成長する。この人間特有の現象「思春期スパート」は、心身の成長のバランスが崩れるため、子どもにとって危ない時期です。

四年以上に及ぶ離乳期と合わせて、思春期という危ない時期を生き抜くために共同保育の必要性が生じました。そこで複数の家族を含む共同体、コミュニティが育まれて、動物にはない人間だけの社会性が芽生えました。やがて相手の気持ちや考えを読むようになり、認知能力が育まれて言葉が生まれたのです。

サル化するな。挫折、 孤独、 直観を信じろ

言葉は、人間に数多くのものを与えてくれました。言葉には重さがなく、持ち運び可能で見えないものまで見せてくれます(資料3) 。物語を作って共有し、想像して創造する能力も、言葉があったからこそ育まれたのです。

その言葉は7万年前に生まれ、5000年前に文字ができた。150年前に電話が発明され、40年前にインターネット、そして今はSNSの時代です。けれども我々の身体は、科学技術の急激な進歩についていけているのでしょうか。

本来、脳では意識(感情)と知能(知識)の二つが分かちがたく結びつき、人間らしい判断力を与えてくれます。ところが現在は知識が情報となってそこら中にあふれかえる一方で、感情は情報にならないため使う機会が失われています。

デジタル社会に暮らす私たちは、科学技術のおかげでバーチャルの世界に半身を入れてしまっている。デジタル社会では人も物も情報化され、均質化されていきます。人間の頭が現実世界に対応できなくて、バーチャルな単純世界に対応するようになり始めている。

こうした状況を私は「サル化する人間社会」 と呼んでいます。サル化した社会では、リアルな仲間を信じずに、バーチャルなシステムやルールを信じて将来に投資する。今、私たちは現実よりもフィクションに生き始めている。これはまずいのではないか。

本来なら人間は一人ひとり、個性の異なるのが前提であり、個性が違うからこそ複数の人間が集まると、新しい何かが生まれるのです。社会の中で他者と自分との関係を調整し、自分の位置を構築することによって共感力も育まれます。共感能力を働かせる必要がなければ、信頼関係も生まれないでしょう。

これではグローバル人材になどなれるはずもありません。さらにこれから必要なリーダーシップも育めない怖れがあります。リーダーシップの条件を、松下幸之助さんは「愛嬌がある、 運が良さそうに見える、 背中で語る」と説きました。実はこれがすべてゴリラに当てはまります。

さらに人間の社会には、移動する自由、集まる自由、対話する自由があります。三つの自由を駆使して、どんな自分を表現できるのか。

私はゴリラと歩いて、次のようなことを学びました。挫折はチャレンジのチャンスであり、トラブルのある場所でこそ自分の力を発揮できる。孤独は自分を見つめ直す機会であり、直観を信じる。自分と合わない人ともタッグを組むなどです。

皆さんもぜひ冒険にチャレンジし、自分の限界を超えてほしい。ただし、必ず戻ってきて、自分の冒険を誰かに伝えるのです。そんな生き方を目指してください。

資料3

資料3

ワークショップ【優勝したチームのプレゼン内容】

人間にとって豊かさとはなにか

豊かさにはバリエーションがあります。第一には自由であること、第二は自分の尺度や価値観があることです。これらを踏まえると、豊かさにおいて大切なのは、余裕や視野の広さだと考えました。つまり主観的に物事を狭く捉えるのではなく、客観的な広い視野で相手の立場で見る姿勢が大切だと思います。自分とは合わない人、だからこそ得られる新しい視野や世界もあるわけです。幅広い視野を共有し共感することが、豊かさの共有につながるのではないかと考えました。

ワークショップの写真

ワークショップ【講評】

先生の講評

今日の講義で重視したのは共感力です。今の社会をつくっているさまざまな概念は共感を前提としている。ところが最近のシステムでは共感が薄れているのに、それにみんなが従っている。原理原則としての共感の重要性について、改めて考えてくれた点を評価しました。

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タイトル

ナガセの教育ネットワーク

教育力こそが、国力だと思う。