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トップリーダーと学ぶワークショップ
TOP東進タイムズ 2023年3月号

緑の革命が人生の方向性を決めた
地球規模の問題解決に取り組め(岩永 勝先生)

国際農林水産業研究センター(JIRCAS)顧問(前理事長)
国連・世界食糧農業機関(FAO)顧問
国際野菜研究センター(World Vegetable Center)副理事長

岩永 勝先生

【ご講演内容】

研究やビジネスの最前線を走る“現代の偉人”を講師に迎える「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は国際農林水産業研究センター顧問の岩永勝先生をお招きして「世界に貢献する農学研究」をテーマに、持続可能な農業の実現に向けた取り組みと、その行動を通じた世界への貢献について講演いただいた。

数億人を救った農業の品種改良がノーベル平和賞に

1970年、ちょうど私が大学に入学した年に衝撃的なニュースが飛び込んできました。普通なら社会活動家や政治家が受賞するノーベル平和賞を、「緑の革命」の父と呼ばれる農業研究者が受賞したのです。その研究者とはノーマン・ボーローグ博士、当時は国際トウモロコシ・小麦改良センターで小麦部長を務めていました(資料1)。受賞理由は小麦の品種改良です。

まさに大学で取り組もうとしていた品種改良が、世界的な貢献につながる。この事実は私の進路に大きな影響を与えました。そのため当初考えていた花ではなく、より実用的な農作物の品種改良に関する専門家になろうと決意し、大学院は小麦の遺伝学で世界トップレベルだった京都大学に進んだのです。

ボーローグ博士の緑の革命が、なぜノーベル平和賞を受賞できたのか。収量の低かった当時の小麦を〝奇跡の小麦〟に変え、劇的な収量増加を実現したからです。この新種開発を博士は逆転の発想によって実現しました。当時の小麦は背丈がひょろ長いために収量を増やして実を多くすると、その重さに耐えきれず倒れてしまったのです。そこで博士は収量を増やしても倒れないようにと、背丈をあえて低くしました。そのうえで水と肥料をたっぷり与えて収量増を実現しました。

この成果により南アジアで飢餓から救われた人は数億人規模といわれています。世紀における農学研究の最大の成果であり、革命と呼ぶにふさわしい恩恵です。そして私の進路をも世界へと広げてくれました。京都大学大学院農学研究科で作物の遺伝学・育種学を学んだ後に、国際的に活躍できる研究者を目指した私は、京大の姉妹校だった米国ウィスコンシン州立大学に留学し、そこで博士号を取得したのです。

資料1

資料1

8億人が飢え、20億人が栄養失調
世界を飢えから救う研究

博士課程の修了後は、ペルーにある国際バレイショセンターに就職しました。取り組んだのは通常は冷涼地で育つバレイショを、熱帯でも栽培できるようにする品種改良です。この研究に10年間打ち込みました。

この間に農業の世界では「緑の革命」後の問題が起こっていました。まず世界の人口が1970年の35億人からどんどん増加し、今では80億人に達しています。食生活も大きく変化し、肉と油脂の消費量が一気に増えました。飼料も含めて農作物への需要が急増するにもかかわらず生産量は頭打ちとなっています。しかも環境負荷の高い現在の農業では持続不可能ともいわれているのです。

現実問題として8億人が飢えに苦しみ、20億人が栄養失調に陥っています。一方では化学肥料による環境汚染や水の大量消費に加えて、温室効果ガスの26%が農業由来と問題山積です。その結果気候変動が加速されて、農業環境が急激に悪化する悪循環に陥っている。地球レベルでの問題解決が必要です。

この間に私はペルーからコロンビアにある国際研究機関で管理職となり、続いてイタリア・ローマにある国際植物遺伝資源研究所で副所長、2002年に国際公募に選ばれて世界最大の国際農業研究機関CIMMYTの所長となりました。世界各地で活動するうちにプロとして成長し、自分の研究が世界の役に立つ実感を得ました。世界中の研究者たちと交流を深める中で自分の世界観が広がり、祖国への思いがいつしか「世界の中の日本」へと視点も変わっていったのです。世界観を広げて海外の研究パートナーと共同研究を行い、環境問題の解決に取り組みました。その成果を論文に取りまとめて、世界の研究における日本のステータス向上にも貢献してきました。

世界の問題解決には世界中の研究者たちで取り組む

2008年からは国際農林水産業研究センター(JIRCAS)理事長として、若手の研究者たちに「やりたいこと」と「やるべきこと」をつなげて、ワクワクする研究に取り組むよう促してきました。その成果を三つ紹介します。

第一は、アフリカ・モーリタニアでのバッタの研究です。ここではバッタが大発生して、農作物を食い荒らすのです。その結果、アフリカの10数カ国が深刻な飢餓の恐れにさらされています。最近では2020年に大量発生したバッタが、東アフリカからアジアのインドまで飛来して、広い地域でとてつもない被害を農作物に与えました。

このバッタ問題を解決する研究プロジェクトに取り組んでいるのが、昆虫学者の前野浩太郎主任研究員です。研究テーマは、バッタの大発生と行動パターンの解明による、退治方法の開発です。前野主任研究員はバッタの生態を突き止めるためにフィールドワークを徹底し、広い砂漠の中で真夜中に行動するバッタをひたすら追跡しました。

その結果、バッタが夜間に特定の場所に集まって産卵している事実を突き止めたのです(資料2)。密集しているバッタを狙えば効率的に対処できます。この成果を現地の研究者と一緒にまとめた論文は世界のトップ学術誌に掲載されました。また彼は自分の活動を新書『バッタを倒しにアフリカへ』にまとめて、2018年の新書大賞を受賞しています。

第二は、南米・ボリビアにある「天空の鏡」ウユニ塩湖近辺における雑穀の一種、キヌアの研究です。キヌアは南米アンデス原産で、奇跡の作物と呼ばれています。その理由は、ミネラルやビタミンを豊富に含んでいて完全食に近い栄養価の高さに加えて、栽培地を選ばないからです。実際キヌアは低緯度から高緯度まで、また低地から高地まで、さらには氷点下近い温度から40℃近くの高温までと南米の広域で栽培されてきました。

ところが気候変動による異常気象の影響を受けて、キヌアの栽培が難しくなってきたのです。この問題を解決するため、現地で共同プロジェクトを立ち上げました(資料3)。キヌアの多様な系統や品種を集めて遺伝的解析を行い、より環境の変化に強い品種を作る。世界で初めてキヌアの種子のゲノム解析にも成功し、高生産を持続できる栽培体系を構築しました。そのうえで現地のキヌア栽培農家の意見も取り入れて、世界の乾燥地でのキヌア栽培へとつなげます。栄養価の高いキヌアを乾燥地で栽培できるようになれば、世界に恩恵がもたらされるはずです。

第三は、アフリカ・マダガスカルでのコメ生産に関する国際共同研究です。マダガスカルでは国民一人あたりのコメ消費量が日本のおよそ倍ぐらいと多いのにもかかわらず、コメ収穫量の低さが問題となっていました。その原因を国際共同研究チームが探った結果、マダガスカルの土壌には植物の栄養素となるリンが不足しているからとわかりました。

そこでイネの品種改良によるリンの吸収率向上と、効率的な施肥を行う栽培技術の改善と二つのプロジェクトを開始。まずリンの欠乏状態に強い遺伝子を解明し、根が深く伸びてリンをよく吸収する新しい品種の開発に成功しました。続いて水田全体にリン肥料を散布するのではなく、苗植えの際にイネの根をリン濃度の高い泥につけてから移植する栽培技術も開発し、大きな成果を挙げたのです。簡単に成果を出せる技術は現地でも圧倒的に受け入れられ、一連の研究は『Nature』と『Scientific Reports』誌に掲載されました。

 
 

資料2

  資料2  
 

資料3

  資料3  

内向的な性格が世界のリーダーに
第一歩は日本を飛び出したこと

もともと私は、どちらかといえば内向的な性格でした。にもかかわらず、どうして国際的な研究機関をリードできるまでになれたのか。

思いきって京大からアメリカの大学に飛び出したのが、はじめの一歩です。留学により英語、さらに就職後にはスペイン語を習得する必要があり、日々の生活でいやでもコミュニケーション能力を高める必要がありました。それでもストレスがたまると「自分時間」を積極的に確保し、心のバッテリー充電を意識的に行っていました。

そのうえで内向的な性格をリーダーシップに生かしたのです。つまり孤独に強いから、いろいろな人の意見を聞きながらも、最後は一人で決断し自分で責任を取れる。ただし常に自問自答を徹底し、自分自身が納得できるのと同時にまわりも説得できる結論を出すよう心がけてもいました。

皆さんにも「やりたいこと」「やるべきこと」「できること」を統合して学び、プロとして活動してほしいと思います(資料4)。これができれば、楽しくてやりがいのある人生を歩めます。ただ統合は一回だけではなく、人生の節目節目で見直す必要があります。私自身も「農学研究で国際貢献」を人生の目標に定めて、研究者からスタートしマネージャーから組織のリーダー役、さらにはトップリーダーへと歩んできました。ぜひ、皆さんも自分の好きなテーマで世界に貢献し、トップリーダーを目指してください。

資料4

資料4

ワークショップ【優勝したチームのプレゼン内容】

国際貢献のためにはどのような活動ができますか?

私たちは、エネルギーの届いていない地域の人たちに電気を届けて、世界に貢献したいと考えました。現時点でサハラ以南のアフリカには、電気の届かない人たちが約10億人います。その理由は国が貧しいため、電気を得るための費用負担ができないからです。問題解決策として最適なのは、サハラ砂漠で年間4000時間もある日照を生かす太陽光発電です。発電設備の設置を公共事業で行えば雇用が生まれ、電気を使って働いて得たお金で社会を回せば、誰もが利益を得て経済成長に繋がります。しかもSDGsの7番「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」にも貢献できます。

ワークショップの写真

ワークショップ【講評】

先生の講評

今回発表されたのと同じ内容を、私の友人であるアフリカ開発銀行の総裁が就任演説で話していました。アフリカの問題と可能性を十分に理解し考慮したうえでの提案だと思います。日照時間や電気の届かない人たちなどの根拠がしっかりと数値で示されているので、強い説得力を感じました。

スゴイ大先輩に学ぼう

タイトル

ナガセの教育ネットワーク

教育力こそが、国力だと思う。