
京都大学高等研究院 特別教授
名城大学薬学部 特任教授
森 和俊先生
【ご講演内容】
今回は米国医学会最高の賞“ラスカー賞”を受賞された森和俊先生をお招きし、「田舎者の少年がどのようにしてノーベル賞候補と言われるまでになったのか?」をテーマに、研究一筋に歩んだ人生を振り返っていただいた。
小学生の頃から算数と理科が得意、偉人伝を読んでも野口英世やキュリーなどの科学者に魅力を感じる。そんな典型的な理系少年だったので、早くから研究者になりたい、いずれは博士になりたいと思っていました。
新聞を読むのも好きで、中学生のとき「素粒子物理」に関する記事を見つけて興味を持ちました。原子核の中の陽子がさらに小さなクオークからできていて、しかも6種類もあるという。予測したのは小林誠博士と益川敏英博士で、二人は後に ノーベル賞を受賞します。 調べると日本でのノーベ ル賞受賞者の一人目、湯 川秀樹先生と二人目の朝 永振一郎先生は京都大学 理学部出身でした。論語 に「吾十有五にして学に 志す」とあるように、私も京大理学部で研究者にな りたいと思ったのです。
しかし、思いどおりと はなりませんでした。現 役では理学部にあと一歩 届かず、京大工学部に合 格したものの、今ひとつ 勉強に身が入りません。 そんなとき救ってくれた のが、また新聞でした。 「遺伝子」という知らな かった言葉と出会い、調 べてみると新しい学問「分子生物学」が立ち上が ろうとしている。この学 問との出会いが人生を大 きく変えたのです。
分子レベルで生命現象 を解明する分子生物学は、 細胞内のDNAとタンパ ク質の関係を解き明かし ます。G・A・T・Cの 4種類で構成されるDN Aの中に、どんなタンパ ク質を作るのかが暗号と して書き込まれている。しかも、この暗号は全生 物に共通で、生き物は暗 号を解きながら生きてい るという。分子生物学は とてつもなく衝撃的な学 問でした。
どうしてもこの分野を 学びたいと思い、薬学部 に転入しました。そこで まず生化学の研究に取り 組み、答えのない問いに 答えを出す研究の虜に なったのです。
薬学部ではタンパク質 の性質を調べる実験を行 い、関係する論文を読み まくり、とにかく人より 多く研究しようと心がけ ました。研究とは、それま で地球上で誰も気づいて いなかった問題を見つけ て、答えを出す作業です。 これがおもしろくてたま らない。なんとか研究を生涯の仕事にしたい。そ う思っていると、研究室 の助教授だった先生が 「別の大学で教授になる ので一緒に来ないか」と 誘ってくださった。こんな チャンスはないと採用し ていただいて生化学の研 究に打ち込み、4年間で 論文を8本も出しました。
ただ一日中研究に明け 合があり、その理由は遺 伝子のどれかがおかしい からです。異常な遺伝子 はどれなのか。 酵母を 10 万個チェック して、ついに一つ見つけ ました。小胞体が正常に 働いているかどうかを チェックする、いわば監 視カメラ役の遺伝子です。 1993年の出来事で、 同じタイミングでピー ター・ウォルター教授も 暮れてはいたのですが、 生化学ではどうにも展望 が開けない。どうせ苦労 するなら、最新の分子生 物学を本場で身につけた いと思い、アメリカに飛 び出しました。まさに論 語にある「三十にして立 つ」で、米・テキサス大学 のJoseph Sambr ook教授とMary‐J 同じ内容の論文を発表し ていました。これ以降、 ウォルター教授とは常に 競い合い、結果的に六つ の国際賞を一緒に受賞し ています。 監視カメラが見つかっ たので、次の課題はシャ ペロンを増やすメカニズ ムの解明です。監視カメ ラで異常が見つかったら、 次は異常を知らせてシャ ペロンを増やさなければ 1 資料タンパク質のさまざまな形 aneGething教 授の研究室に行きました。 ここで二番目の幸運な出 会い、それも生涯ずっと 研究し続けるテーマとな る「小胞体ストレス応答」 と出会ったのです。
小胞体ストレス応答と は、タンパク質の品質を 管理する細胞応答です。 細胞内にはさまざまな役 割を担う小器官があり、 その一つが小胞体でタン パク質の製造工場です。
ヒトは2万種類ぐらい のタンパク質を使ってい て、種類によってそれぞ れ適した形をしています ( 資料1)。たとえばコ ラーゲンは三重らせんで 硬い棒のようになってい る。この棒でしっかり支 えるから、細胞がハリを 保って元気でいられるの です。逆にコラーゲンの 形がおかしくなると、役 割を果たせなくなる。こ のようにタンパク質が本 来あるべき形になるのを 助けるのが「シャペロン」 です。ちなみにシャペロ ンとはフランス語で、若 い婦人が社交界にデ ビューするときの付き添 い役を意味する言葉です。 タンパク質も放っておく と形がおかしくなるから、 シャペロンが寄り添って 正しい形に導いてあげる。 このシャペロンの働いて いる細胞内の工場が小胞 体です。
ただし、ときには小胞 体そのものがおかしくな ります。このような状態 が「小胞体ストレス」です が、それでも元の良い状 態に戻そうとする復元力 を備えています。この現 象が「小胞体ストレス応 答」であり、私がアメリカ の研究室に行く一年前に、 ボスたちが見つけていま した。だから次のテーマ は、小胞体ストレス応答 を起こす仕組みの解明 だったのです。
資料1
小胞体ストレス応答が 起きるからには、何らか の仕組みがあるはずです。 そこで単細胞生物の酵母 を使った実験に取り組み ました。目標は、小胞体ス トレス応答に関わる遺伝 子の発見です。形のおか しなタンパク質が小胞体 の中にたまると、普通な らシャペロンが働いて形 を修復します。けれども シャペロンが働かない場合があり、その理由は遺 伝子のどれかがおかしい からです。異常な遺伝子 はどれなのか。
酵母を 10 万個チェック して、ついに一つ見つけ ました。小胞体が正常に 働いているかどうかを チェックする、いわば監 視カメラ役の遺伝子です。 1993年の出来事で、 同じタイミングでピー ター・ウォルター教授も同じ内容の論文を発表し ていました。これ以降、 ウォルター教授とは常に 競い合い、結果的に六つ の国際賞を一緒に受賞し ています。
監視カメラが見つかっ たので、次の課題はシャ ペロンを増やすメカニズ ムの解明です。監視カメ ラで異常が見つかったら、 次は異常を知らせてシャ ペロンを増やさなければなりません。たとえるな ら火事を監視カメラが見 つけたので、太鼓(プロ モーターと呼びます)を 叩いて消防隊を現場に派 遣するのです。
では、どうやって太鼓 奏者を探すのか。またも ウォルター教授との競争 になる中で、幸運にも「ワ ンハイブリッド法」とい う新しい手法を思いつき ました。この三つ目の幸 運な出会いによって研究が一気に進み、酵母だけ ではなくヒトでの仕組み まで解明できました。こ の時点でヒトの研究まで はできていなかったウォ ルター教授に遂に勝った のです。
それ以降はマウスを 使った実験を行って、小 胞体ストレス応答の働か ないマウス(ノックアウ トマウスと呼びます)を 作って、どうなるかを調 べました。小胞体ストレ ス応答が働かないと、そ もそもマウスは産まれて こられないのです。ほか にも小胞体ストレス応答 と糖尿病との関係も明ら かにできました。
さらに研究を進めて、 メダカで背骨の発生に小 胞体ストレス応答が関 わっていたり、がん細胞 が小胞体ストレス応答を 悪用して増殖し続けてい ることも明らかにしまし た。だから何らかの薬を 使ってがん患者さんの小 胞体ストレス応答を止め てしまえば、がんは増殖 できなくなります。ほか にも小胞体ストレスに関 わる病気はいくつもあり ます。研究を進めていけ ば、これらを治療できる 可能性があるのです。
田舎者の少年だった私 が、これまでノーベル賞 につながるといわれる賞 をいくつも受賞できたの はなぜか。これまでの人 生を振り返ると、夢を叶 えるために必要な五つの キーワードが浮かんでき ます。
第一は「大志を抱く」で す。何かをやろうと思わ ないかぎり、何も起こり ません。ただし行動する ためには第二のキーワー ド「準備」が必要です。そ のうえでときには大胆で もいいから第三の「挑戦」 をする。ただし人生は良 いことばかりではないか ら第四の「辛抱」も大事で す。そして何をするにも、 まずは体が丈夫でなけれ ばなりません、だから第 五は「健康」です。
本当は理学部に入りたかったけれど、現役では 無理だった。でも、分子生 物学をやりたいとずっと 思い続けていたおかげで、 三つの幸運な出会いにも 恵まれて京都大学理学部 の教授になれました。
これから受験に臨む皆 さんも、必ずしも第一希 望に進めない場合もある でしょう。だからといっ て、そこで諦める必要な どまったくありません。 希望を失わずに五つの キーワードを大切にして いれば、新しい道が開け てくるはずです。人生は 途中からでも大きく変え られます。私のように綱 渡りの人生でも、がんばっ ていれば必ず誰かが見て くれています。ぜひ目標 を見失わず、ゆっくりで いいからゴールに近づく よう心がけてください。
資料2
これからどのような研究に取り組めばノーベル賞 が受賞できるか、また、それを成し遂げるためにど のような姿勢が大切か
優勝チーム1の内容
エイジングが最近流行っていて、ホットな分野に
なっています。そこでエイジングに関する原因の解明などに取
り組めば、人類の幸福につながると思います。その際に大切
なのが研究に取り組む姿勢で、現状を把握したうえで可能な
かぎり大きなゴールを設定し、そこから目標を段階化して小さ
な目標を決めていく。その際にライバルがいると切磋琢磨して
スピードアップにつながるでしょう。
先生の講評
エイジングという、高校の教科書 には出てこないようなテーマを取 り上げた点を評価しました。この テーマに対して好奇心が強いの でしょう。ほかのチームも切り口 はおもしろいのですが、現状の知 識に基づいたテーマだと思いま す。ぜひ、好奇心を持っていろ んなことを勉強していただきたい という思いを込めて、選びました。