東京大学特別教授
信州大学アクア・リゼネレーション(ARG)機構特別栄誉教授
2024年クラリベイト引用栄誉賞受賞
堂免一成先生
【ご講演内容】
日本を牽引するトップリーダーを講師に迎え、自分の将来・志を見つめる「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は東京大学、信州大学で教授を務め、2024年クラリベイト引用栄誉賞を受賞された堂免一成先生をお招きし「エネルギー問題と気候変動:何が本質か(および私の研究者人生)」をテーマに、研究者として生きる姿勢や、地球のエネルギー問題についてご講演いただいた。
私は鹿児島県の金峰町、現在の南さつま市で生まれました。とても田舎で、通った小中学校は現在廃校になっています。体を動かすことが大好きで、中学は水泳部で、今でも3キロメートルは泳げます。
高校からラ・サールに進学し、サッカー部に入ったのですが、最初の中間試験で、数学が200点満点中の40点。こりゃまずいと勉強に専念することにして、なんとか東京大学に入学しました。
大学では空手部に入り、それまでの反動か、当時あった駒場寮の空手部の部室に入り浸り、ほとんど講義に出ませんでした。結果、大学院入試に失敗。ところが卒論を指導いただいた田丸謙二先生に、国の研究機関の職をご紹介いただき、一年間勤めた後、無事に田丸先生のもとで院生となりました。
修士課程から博士課程に進もうというとき、一つ問題が起きました。私は、当時助手だった相馬光之先生から、太陽光を利用して水素を生成する「人工光合成」について聞き、強い興味を持っていました。その社会的重要性を直感的に感じ、博士課程のテーマに考えていたのです。けれど田丸先生は、私にまったく別の研究テーマを用意されていました。私は意を決して直談判しました。先生はしばらく天井を向いたまま考えておられ、そしておっしゃったのです。「3カ月以内に、粉末の触媒を使って、光で水を酸素と水素に分解できたら、テーマにしていい。でもできなかったら、用意したテーマをやってほしい」と。私は、世界でまだ誰もやっていないことを、たった3カ月でやらねばならなくなったのです。
当時、大学の近くに住んでいたので、昼夜問わず研究に没頭しました。それ以前から二酸化チタンの電極で、水を酸素と水素に分解できることは研究されていました。ただ光を当てただけでは分解できません。ところが、マサチューセッツ工科大学のライトン教授の論文で、チタン酸ストロンチウムを材料にした電極に、光を当てるだけで水分解できることを知ったのです。この素材の粉末をベースに、水分解ができるのではないか。そう考えた私は、水素の解離能が高く、太陽電池の原理のp-n接合が期待できる酸化ニッケルを、チタン酸ストロンチウムに付け、実験をしてみました。すると、とても微量ながら、酸素と水素が検出されたのです。
こうして私は無事に期間内に粉末による水分解を成功させました。論文は、世界最初の粉末による水分解の論文となり、約束どおり人工光合成が、私の研究テーマと認められたのでした。
ここまでは格好いい話なのですが、実は立てた仮説は間違っていました。そのことはずいぶん後、研究を進めていって、わかりました。研究とは作業仮説を持って行い、うまくいくことがあります。ですが、よくよく調べてみると間違えていることも非常によくあるのです。一番最初の成果でそれを経験できたことは、とてもいい勉強になりました。
皆さんも肌で感じているであろう地球温暖化ですが、このままだと地球の気温は、2100年までに約4度上昇するといわれています(資料1、2)。二酸化炭素排出の主要因である化石資源、石油や石炭や天然ガスは、5億年前の古生代から生成されていますが、それをこの200年で使い切ろうとしています。一日に換算すると、わずか0.03秒で消費することと同じです。将来世代のために、持続的で安全なエネルギー源を確保することは、私たちの義務といえるでしょう。
資料1
資料2
今、もし地球に降り注ぐ太陽エネルギーの0.02%を利用できたら、すべてのエネルギーは賄えます。地球上の砂漠の面積の約3%で、太陽エネルギーを集めれば、その十分なエネルギーが得られるのです。
また、我々が使用するエネルギーの形態は、電気エネルギーが3分の1で、残りが熱エネルギーです。電気エネルギーすべてを再生可能エネルギーで賄えても、脱炭素社会にはなりません。
しかし水素なら、電気はもちろん、動力や熱供給などの熱エネルギーとして利用でき、しかも二酸化炭素を出しません。そんな水素を、太陽光を利用して発生させるのが、人工光合成です。
すでに実用化レベルの人工光合成の技術に、太陽電池と電気分解槽を組み合わせたシステムがあります。欧米では主流で期待もされていますが、電力が必要で、当初の想定より2〜3倍のコスト高になりそうなことがネックとなり、事業化に向けたプロジェクトが停滞している状況です。
我々が実用化を目指しているのは、光触媒による人工光合成です。触媒とは、それ自体は変化せず、他の物質に化学反応を促します。光触媒は、光を当てると周りの水を水素と酸素に分解する働きをします。その光触媒の粉末をシート状にして、それを水と一緒にパネルに格納した装置を使い、太陽光と反応させて分解します。
光触媒の人工光合成は、装置の構造が単純で量産化しやすく、大面積に大量のパネル装置を設置することが可能です。大量の太陽光エネルギーで、大量の水素を製造できるので、生産コストを抑えられると期待されています。実用化に向けては、光触媒に照射された太陽光エネルギーから、水素をどれくらいつくれるかという、変換効率がカギとなっています。
実は、光触媒による人工光合成には、20世紀まで大きな問題がありました。開発した光触媒すべて、紫外光のみに反応するものだったのです。太陽光で最も放射エネルギーが強いのは可視光なのですが、その可視光での安定的な光触媒が見つからず、20世紀の終わりには、世界のほぼすべての研究者が光触媒の研究から撤退しました。
ただ我々のグループは、執念深く研究を続けていました。光触媒の人工光合成に興味を持ち、我々の研究室に入ってくれる若い学生が、毎年いたからです。
そんな2000年のある日、私は朝食を食べながら、『Nature』をパラパラ読んでいました。さまざまな論文の中、光触媒とまったく関係ない論文に目が止まりました。陶器の色を出すなどに使われる顔料の論文で、「窒化物系の固溶体は、酸性水溶液でも安定」と書かれていたのです。私はもしかして光触媒に使えるかもと、早速研究室に行き、すぐ博士課程の学生に、触媒の材料として化学反応を促進する能力、活性があるか試してもらいました。すると「活性、あります!」と報告があり、それを聞いた私は研究室のみんなを集め、光触媒のテーマを全部、非酸化物系に切り替えると宣言しました。誰も異を唱えませんでした。みんな可視光での水分解を、見てみたかったのです。
選んだのは、信号機の青色を出すのに使う窒化ガリウムと、酸化亜鉛の固溶体でした。両方とも色は真っ白なのですが、原子レベルで混合すると黄色になり、可視光を吸収します。この窒化ガリウム酸化亜鉛固溶体を使った光触媒で、2006年世界で初めて、可視光での水分解に成功しました。
2019年に茨城県石岡市の東京大学柿岡教育研究施設で、水分解パネルによるソーラー水素製造システムを稼働させました。室内実験で、光子の利用効率ほぼ100%を達成し、世界初の屋外での実証実験となったのです。総受光面積100平方メートルで、世界最大規模でもありました。
パネルに格納した25平方センチメートルのシートの光触媒には、細工を施したチタン酸ストロンチウムを使いました。これは、私が初めて粉末で水分解に成功した光触媒に比べ、1000倍近くの活性があります。
一年間を通して、一日に最大約1800リットルの水素を製造するなど、成功裏に終えました。いよいよ来年度から長野県飯田市で、この30倍の規模の大規模ソーラー水素製造システムの実証試験が始まります。それに向け、大型で耐久性に優れた次世代水分解パネルや、幅1メートル長さ3キロメートルという大面積の光触媒シートなどの開発を進めています(資料3)
資料3
またソーラー水素の製造プロセスでは、着火で爆発する酸水素爆鳴気が発生します。施設の安全のため、専門家を交え、安全工学の観点からの実証実験も繰り返し、安全なシステムを構築します。
実は柿岡の施設で実験を始める当初、酸水素爆鳴気を本当に扱えるのか、実際に試してみないとわからないと、研究者仲間に声を掛け、有志五人が集まりました。万が一吹っ飛んでも迷惑をかけないようにと、メンバーの一人が別荘地を実験場に提供してくれて、さまざまな実証実験を行い、安全性を検証することができました。世の中には、そういうことをおもしろがってやる人と、そんなマネは絶対にしない人がいます。どっちがいいかはわかりませんが、誰かがどこかでやらねばならない。そういうことは研究の大事な一面なんです。
今後2030年代の社会実装を目指し、太陽エネルギーの変換効率5%が目標です。なかなか険しいですが、最初は0.1%だった光触媒の光子の利用効率を、40年かけて10%にして、そこから一年かからず100%にできました。不可能とされていた光触媒の効率を、実用レベルに上げることが、原理的に可能だと証明したのです。可視光の光触媒の活性を上げるなど、目標を達成することは、十分可能と考えています。
そのためにやらねばならないことは山積みです。若い研究者とともに、ああでもないこうでもないと、仮説を立てては修正する作業を繰り返しています。私は今年72歳になりますが、この歳になっても、まだまだ研究者人生を楽しんでいます。
「日本人はエネルギー問題にどう取り組むべきか?」堂免先生のお話を基に、与えられたテーマに沿って、メンバーと共に考え、話し合い、発表しよう!
優勝チームの内容
化石資源が少ない日本は、太陽エネルギーを利用する必要がありますが、国土が狭く活用できる土地が少ないことが課題です。けれど海は世界6位の排他的経済水域の海洋大国なので、海に太陽光パネルや水分解パネルを設置することを考えました。太平洋側の本土の近く、漁業に影響しないよう間隔を空けてパネルを浮かせ、鎖などで回収する。実現への課題は山積みですが、なんとか工夫できればと考えます。
先生の講評
世界中の国際会議を回って感じますが、日本人は基本的な能力が非常に高いです。日本の発展は右肩下がりといわれますが、優勝チームに限らず、素晴らしい発表をしてくれた君たちが将来、一生懸命に研究や仕事をする頃は、きっと日本も世界に冠たる国となっているでしょう。自信を持って頑張ってください。