2013年9月 9日 15:29

木村元気です。

こんにちは。文科一類一年の木村元気です。

――秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる――。
そろそろ実感が出てくる頃ですね。多分、これを読んでいる皆さんは、僕と同じように、模試の結果に一喜一憂し、漠然とした不安を感じながら毎日を過ごしておられると思います。学習法やら大学生活についてやら書いても芸がないので、違うことを書きますね。

僕の母校は筑波大学附属で、一昨日、その文化祭に行ってきました。
後輩がみんな輝いていて、僕も頑張らなければな、という気にさせられました。
自分が高校生だった時は、夢中で何もわからなかったのですが、外に出てみて初めて、あれは特別な時期だったのだと思います。机の上での勉強に限らず、見るもの、聞くもの、様々なところからいくらでも学べるのは、高校生の間だけですよ。大学生になっても学ぶことはたくさんあり、考える内容もいくらか高級に(?)なるわけですが、その分だけ、高校生の時ほどの新鮮な驚きをもって世界に接することが減ったように思います。

だから、受験勉強は将来への投資と割り切って、感覚を遮断して高校三年生の最後を過ごしては勿体ないです。どんな日々を送っても、皆さんの受験生時代は帰ってこないわけです。どうせやらねばならぬ受験勉強なのですから、勉強をしている毎日の生活の中で、自分なりに、掴めるものを考えてみると良いと思います。今しか掴めないことが、きっとあります。
 僕の場合、ひとつには、両親や友人等、周りにいてくれる人たちの大切さを痛感した日々でした。単調で、それでいながらのしかかってくる重圧のような毎日の中、くだらない話ができる友人の存在がどれだけ有り難かったことだろうか、と思います。大学に合格したその瞬間強く感じたのは、一緒に喜べる人がいるという嬉しさでした。自分は一人で生きている訳ではない、なんて道徳の教科書みたいに言われても、ピンとくるわけがありません。受験勉強が、長く、つらい日々だったからこそ、実感出来たことだったのだと思っています。
 もうひとつ、僕は、大学でロシア語を選択しているのですが、きっかけは受験勉強でした。世界史を勉強しているうちに、ロシアという国の言い知れぬ力を感じたのです。バトゥ、ナポレオン、そしてヒトラー、最後には国家の滅亡という危機を何度も迎えながら、そのたびに力を増して立ち上がってきたロシア。その凄みに驚きながら勉強したものでした。いやでも勉強で頭がいっぱいになるこの時期だからこそ、歴史でなくても構いませんから、自分の一生付き合っていける学問の片鱗でも捕まえられたら、素敵ではないですか。

 そんなこと考えてる余裕はない、と思われるでしょうが、考えたり感じたりするのに余裕など不要です。人間は生きていれば、いろんなことを自然と感じるではないですか。自然に感じたり考えたりしたことを、「勉強に集中」と言って抑圧してしまうのではなくて、ちょっと大事にしてあげたら、それが自然と、「心の余裕」になると思うのです。それができる受験生は、目の前の問題しか見えない受験生より、強いと思いますよ。
偉そうに申し上げましたが、一年前は同じ境遇だった僕からの、ささやかなアドバイスです。



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