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2015年10月 8日 20:53

問題と真摯に向き合う事

こんにちは、東京大学法学部三年の平山です。約二か月ぶりの登場になります。

今週末は東大本番レベル模試ですね。ぜひ頑張って下さい。

さて、いきなり私事ですが、現在日本政治外交史演習(所謂ゼミですね)に所属しておりまして、戦後日清関係の研究と称して日清戦争から日露戦争にかけての戦間期の資料を読み漁っています。そこから読み取れるのは、清国から得た賠償金を元手に、軍事等で飛躍を遂げ、大国露西亜に勝利を収めた日本の姿です(過度に単純化していますがご容赦ください)

受験生の皆さんは今、いわば戦間期にいるのだと思います。つまり夏模試と秋模試の狭間ですね。だからこそ皆さんには当時の日本になっていただきたい。夏模試から搾り取れるだけ搾り取って、自らの成長につなげ、秋模試で良い成績をとる、そうすれば最終的な合格に近付くこと間違いなしです!

その上で今週末の東大本番レベル模試ですが、これは一種のメルクマールと捉えていただければいいのではないでしょうか。夏模試から自分がどれぐらい成長したのか確認し、秋模試に向けて勉強方針を微調整する、そういった機会にしていただければと思っています。

 

それでは本題です。今日は日頃質問を受けていて感じたことについて書きたいと思います。

それは問題に真摯に向き合うことの大切さです。当たり前のようですが、これが意外と難しい。私自身が不得意とするところでもあります。

例えば日本史で「国学と尊王論の関係」を問うような問題が出た場合。陥りやすいのが国学と尊王論に関する知識が頭の中で噴出してしまうパターン。例えば契沖のような人物名とか。そして結局国学と尊王論の詳述に終わってしまう。これでは知識のひけらかしでしかありません。そうではなく、この問題には両者の関係に焦点を当てるべきですよね。それは因果関係なのか。因果関係ならどの部分が原因でどの部分が結果なのか。このように考える必要があるわけです。

他には例えば「幕藩体制の内容と限界」を問われた場合。ここで幕藩体制について自分の持てる知識の全てを書き、最後に「しかし実現は困難であった」と書いただけでは、限界という問いに答えることにはならないわけです。限界と実現困難性は(厳密には異なっていても)殆ど同義と言っていいでしょう。限界という問いに真摯に答えるには、どの部分が実現困難で、それは何故実現困難なのかを考える必要があるでしょう。そこまで書いて、幕藩体制の限界を描き出すことが出来るのではないでしょうか。

結局何が問題なのでしょうか。一つ目は焦点をそらしてしまうこと。前者の例がこれに該当すると思います。特に今後知識が増えてくると書きたい事も増えてくるとは思いますが、そこは抑えて問われていることを見失わないようにしましょう。私自身、大学の試験でとにかく書き連ねる癖がなかなか抜けません(字数制限が無いので)。書き終えて読み直してみると、問と直接関係ない問題を縷々論じていて消し去りたいと思う事が多々あります(ところが法学部の試験はボールペンで書く必要があるので消せないのです)。

二つ目は問いへの答えが簡単に過ぎること。後者の例がこれに該当すると思います。狭い意味での問には答えているのでしょうが、それ以上のものを求められているような場合が多々あります。そこまで答えないと十分な解答にはならないですよね。大学の期末試験で「大久保利通政権が......」というような問題が出て、......に対して私は真面目に答えていたわけですが、よくよく考えてみると大久保利通政権とは何ぞやという問題に答えていなかったことに気がつきました。いつから大久保政権は始まったのか、とかです(大久保利通は実質的な権力者にすぎませんので)。たしかに中心的問題ではないのですが、そこを論じておかなければ自分の論述の基盤が崩れてしまうので、しまったなぁと反省していたわけです。皆さんもこのような失策を犯さぬよう気を付けてみて下さい。

以上の点に留意しながら問題に向き合うと、少しは正しい解答に近付くことが出来るのかもしれません。あくまで私の一意見にすぎませんが、一つ参考にしてみて下さい。

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