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合格者
なぜ、大学に行きたいのか

 「想定外」とはこういうことを言うのだろう。私大の補欠合格の望みも絶たれて、いよいよ行く大学がなくなったとき、富田凜太郎はようやく自分の甘さを自覚した。
 「部活と学校行事が優先で、受験勉強を本格的に始めたのは高3の秋でした」
 部活はテニスを高3夏まで続けた。また、富田の出身である都立国立高校はそれが目的で入学してくる生徒がいるほど毎年9月に開催される文化祭が有名。富田も全身全霊で打ち込んだ。そのことは全く後悔してないが、早い時期から計画的に受験勉強に取り組めば良かったと今さらながら思った。
 なぜ自分は大学に行くのか?改めて自分に問うた。答えは明白だった。VR(バーチャル・リアリティ)分野を研究するためだ。VRをはじめて体験したのは高1の時に参加した某有名企業のイベント。自分がモンスターになり、逃げ惑う人々を追いかける内容。味わったことのない感覚に心が躍った。
 やりたいことをやるためにベストな道は何だろう。3つの選択肢を考えた。1つ目は再受験、2つ目は専門学校への入学、3つ目は海外留学だ。早々とリストから消えたのは「海外留学」で、英語で授業を受けるだけの語学力が身についていないのが理由。VRの専門学校に関しては調べてみると第一線で活躍する先生から学ぶチャンスがあることがわかった。しかし、「技術者以外の選択肢にも魅かれる」自分の気持ちに気づき、結論として、もう一度大学を受験することを決めた。
「高3時の志望校は当時の成績から受かる可能性の高い大学を選びました。でも、再受験するなら、現役時よりは時間があります。VR研究でトップを走る東大を目指すことにしました」
 未来を見つめ直すなかで、富田は自分にやる気が戻ってくるのを感じた。

プライドを捨て、新たな環境で生きる

 「合格する人は、学習内容を理解して自分で 使う ことができる。でも皆さんは違う。理解しただけで満足した。だから合格できなかったんだ」
 東進新宿校・本科コースの説明会で言われた言葉を富田ははっきり覚えている。
 「他塾の説明会にも参加しましたが、自分のことをこんなにズケズケ(笑)と指摘するところはなくて、逆に やる気 に火がつきました。ここで勉強したら自分は変われるんじゃないかと思ったんです」
 それは富田が握りしめていた「つまらないプライド」を捨て去った瞬間だった。
 本科にはいくつかのルールがあった。代表的なのが毎日朝の8時半までに登校し、夜の7時までは帰宅してはいけないというものだ。目標を必ず達成するために半ば強制的に勉強せざるを得ない状況に自分を追い込む。
 「きつかったでしょう?」と尋ねると、「満員電車以外は特に大変とは感じなかった」と意外な返事。新宿校のカリキュラムは個別に受講する《IT授業》に加えて、講師の先生から直接習う《ライブ授業》の両方を受講できる。
 「苦手な箇所は映像による授業を繰り返し見て補強し、緊張感のあるライブ授業で本番の実戦力を身につけました」
 また、憧れだった苑田尚之先生の授業を受講したことが大きな自信になったという。苑田先生の物理は数学の知識を使い、大学で学ぶ内容に直結した方法で解く。理解するのに時間がかかるため、受験勉強のスタートが遅かった富田は、高校のときは受講を断念したのだった。

大ピンチ!11月末なのに理科の得点が伸びない

 大学受験を成功させるための鉄則は「目先の成績に一喜一憂しない」ことだ。新宿校では、しつこいくらいこの点を指導する。生徒たちは自ら学力分析を行い、学習計画を立て、愚直に実践していく。
 驚いたことに富田の模試の判定は1年を通してほとんどCかDだったそうだ。気にならなかったと言えば嘘になるが、「詳細な分析をすることで合格に必要な学力が着実についているのがわかっていたので、基本的には安心していた」そうだ。
 ところが、11月終わりから風向きが変わってきた。入試本番まで3カ月を切ったというのに模試で「物理」と「化学」が思うように伸びない。合格判定そのものはそれまでで一番良い「B」だったのも皮肉な話である。「高校時代を含めて一番きつかった時期」と振り返る富田。どうやって乗り越えたのか。
 1つは仲間の存在だ。
 「受験には孤独なイメージがあったのですが、違いました。境遇が同じせいか彼らには素直になれる自分が不思議でしたね。昼休みに何気ない会話をしたり、学習状況や受験の悩みを聞いてもらったりすることで深刻にならずに済んだんだと思います」
 そして、もう1つは校舎長の古岩井だ。入学説明会で厳しい言葉を放ったあの人物である。富田は4月の時点で「全科目を同じ比重で勉強する」ようにアドバイスされていたが、「自分の性格は分野を区切って一つ一つ固めるほうが合っているので、配点の高い英数国を中心に進めたい」と異を唱えた。そこで折衷案として提示されたのが「物理の講座受講だけは進めておくこと」「化学の講座も遅くとも夏から受講すること」だったのだ。それがやはり裏目に出たのだろうか。「このまま物理の点数が上がらなかったらどうしよう」と悩む富田に対し、「目先の結果に一喜一憂しない」という古岩井のスタンスは1ミリもぶれることはなかった。振り返ればこれは、「どんなときも自分の努力を信じろ!」ということだったのだ。
 「古岩井先生と定期的に面談することで"原理原則"に立ち戻り、やるべき課題に集中できるようになりました」

1年前の志望校に合格するも、視線はその先を見据えていた

 センター利用で受けた4つの大学に無事に合格。続いて、一般受験した私立3大学すべてに合格。そのなかには高3時の第一志望である難関有名私大も含まれていた。1年前の自分なら上出来すぎる結果だ。しかし、今や富田の視線は東大へと向けられていた。ほっとしたのもつかの間、東大の2次試験が近づくにつれて緊張するあまり、眠れなくなるほどだった。
 ついに東大入試本番を迎えた。富田は休み時間も問題の復習に集中した。1日目、国語と数学。2日目、理科と英語。手応えはあった。ところが、である。
 「翌日に東進で友人と答え合わせをして、大きなミスに気がつきました。これで合格の可能性はほぼなくなったと思いました」
 そこから合格発表日までの長かったことといったら。「ダメだった」と思っているのにどこかで期待する自分もいて、合格と不合格の間で気持ちが揺れ動く。どういう結果でもいいから早く知って楽になりたいと思った。
 3月10日、合格発表日。この日、富田は「合否はインターネットではなく、掲示板で確認する」と決めていた。
 「自分への儀式みたいなものです。2年もの間、受験勉強を一生懸命やってきた最後がネットっていうのはちょっと悲しい。たとえ不本意な結果でも次のステージに気持ち良く進むためにそうしたいと思いました」
 昼の12時にはネットでの発表が始まる。その前に富田はスマホの電源を切って、母と共に家を出た。
 本郷キャンパスは独特の熱気を帯びていた。様々な表情の人々とすれ違いながら鼓動が速くなる。人だかりで見えない掲示板。「期待しないで」と母に言い残し、人だかりの中へ。ゆっくりと視線を動かすと・・・「あった」
 声にならない声。一つ一つ番号を見比べながら確認した。間違いない。驚かすためにわざと表情を変えずに母のもとへ。母がなぐさめの言葉をかけようとしたその瞬間、一言「あった」と富田。
 「えーっ!あったの!」と叫ぶ母。2人で思いっきり喜びを噛みしめた。スマホの電源を入れると、涙で曇った目に校舎からの着信が飛び込んできた。