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意匠建築士 編

2016年のリオ五輪を目前に控え、東進のグループであるイトマンスイミングスクールは、新たにオリンピック強化用プールの建設をスタートさせている。その設計を担当しているのが、国内有数の建築設計事務所・株式会社梓設計である。そこで今回は同社のスタジオ・リーダーとして設計チームを率いる永廣正邦氏と主幹の外山博文氏のお二人にご登場いただく。これまで手がけてきたプロジェクトの舞台裏と、新プール設計にかける意気込みをお伺いした。

手がけるのはトップスイマーが泳ぐ競技用プール
リオ五輪でのメダル獲得をバックアップする!

株式会社 梓設計
設計部 主幹 一級建築士 田村スタジオ・サブリーダー

外山 博文  (とやま ひろふみ)

1971年 新潟県生まれ
1990年 新潟県立 柏崎工業高校 卒業
1994年 日本大学 理工学部 建築学科
     卒業
 同年  株式会社 梓設計 入社
     現在に至る

プールに木材!? プール設計は”水”との戦い

 一級建築士300名あまりを擁する梓設計は、とりわけ国内空港の設計でトップシェアを誇るリーディングカンパニーだ。創業者の清田文永は、日本航空の前身である大日本航空勤務の後、昭和21年(1946年)に同社を設立。わが国の空港設計の草分けとして、幾多のプロジェクトに携わってきた。現在では空港のみならず、美術館や博物館、病院や市庁舎など、幅広い分野で数々の実績を残している。

 そのなかで、スポーツ施設の設計を多く手がけてきたのが、同社で一級建築士として活躍する外山博文だ。

 「弊社は、長年にわたり各都道府県の主要プールを設計してきた実績をもっています。それで私も入社してすぐにプールの設計に携わるようになり、現在もスポーツ関連施設の設計をメインに行っています」

 プール設計の場合に、まず気を遣うのは使用者の安全性。老若男女がスイムウェアで過ごす空間であるため、床を滑りにくくすることはもちろん、壁なども突起物や角のないように設計しなければならない。また、水を多く使う施設であるため「結露」にも気を遣う。水分が建物自体を傷めてしまうからだ。

 しかし外山は、あえて湿気を嫌う木材をふんだんに使ったプールを設計したことがある。二年前に完成した和歌山県秋葉山公園県民水泳場だ。

 「この施設の特徴は、外壁や軒、屋内プールの屋根に和歌山県産の杉をふんだんに使っている点です。骨格となる構造部材には、紀州材の集成材と鉄による木質ハイブリッド構造を採用しています。結露や湿気に対しては、空調を緻密に計算して調整できるようにしたり、特殊な防腐加工を二重三重に行いました」

 完成したプールは、環境に優しく、かつ、地場産材を使用することで地域の活性化にもつながるものとなった。和歌山の豊かな自然と調和した〝樹林の中のプール?は、地域の人たちの憩いの空間として愛されている。

数百枚の設計図を描きながら納期厳守で仕事を進める

 外山は絵が好きな子どもだった。高校時代は機械科で製図を学び、実際にボルトやナットを削り出したりした。あるいは、自動車整備の実習を受けたこともある。そうした勉強のなかで、やがてデザインの仕事に興味を持つ。そこで大学の建築学科を志望。ところが、入試課題には「鉛筆デッサン」とある。美術を学んだ経験のない外山は、はたと困ってしまった。

 「そこで、別の学校で美術部に在籍している友人のところへ通うことにしました。その学校の先生に手ほどきを受けたり、あとは、自分の学校の美術室に居残って猛特訓。設計をするにあたって、デッサンはとても重要なんです。今でも仕事に取りかかるときは、必ずデッサンから始めます」

 こうして理工学部建築学科に合格。卒業後に梓設計に入社した。「入社して初めて手がけたのは、ホテルのチャペルでした。プールの設計と比べると機能的な面での難易度は低いのですが、初めてですから右も左もわかりません」

 それでも外山は、施主であるホテル側の意向を考えつつ、自分のやりたいデザインを形にした。チャペルというと左右対称のつくりが一般的だが、あえて左右非対称にし、十字架にも工夫を凝らした。「入社一年目で、自分のデザインがほぼそのままのかたちで通ったというのは、とても幸運でした」と、外山は振り返る。

 しかし駆け出し時代には、時間のコントロールがうまくできずに悩まされた。数百枚の設計図が必要な設計の仕事は、時間との戦いでもある。たとえ間に合ったとしても、内容に不備があっては元も子もない。かといって、時間をかけ過ぎても周りに多大な迷惑をかける。

 「設計の段階で不具合があると、当然ですがそれが現場にまで影響します。何が重要かという見極めとメリハリをつけること。それが時間をコントロールするためのポイントです。また、設計をしていて不安を感じたら、すぐに検証する。不具合が隠れているにもかかわらず、それに気づかないほうがよほどこわいことです」

トップスイマーが泳ぐ最先端のプール設計をスタート!

 そんな外山が現在手がけているのが、イトマンスイミングスクールの東京強化校プールの設計である。同スクールは、ロンドン五輪で銀メダルを獲得した入江陵介選手が所属していることでも知られる(イトマン東進所属)。

 「今回設計しているプールは、オリンピックに向けた選手の強化プールの設計です。つまりトップアスリートのための専用施設。日本の水泳界全体のプラスになる施設ですから、とても設計のしがいがあります。滅多にないチャンスですからね」

 しかし、難度は極めて高い。基本となるのが、水深3メートルの競技用50メートルプールで、選手向けの食堂や寮も完備する予定だ。民間のスポーツクラブにおいて、これだけのハイスペックのプール施設はまれである。

 「50m国内プール公認を取得し、実際の主要競技会を開催するプールと同じ環境を創出します。また、選手のフォームを解析するためのシステムも組み込む予定です。水中を覗ける窓を作って、そこからカメラで撮影する。そうした設備は一般のプールにはありません」

 加えて、設計時間の問題もある。なにせ直近のオリンピックは、2016年。ブラジルのリオ五輪だ。

 「リオ五輪の直前キャンプで使うことが絶対条件。ですから、来春には完成させなければ意味がありません。現在は、10名ほどのチームを組んで、詳細な実設計の大詰めを迎えているところです」

 着工は今年(2015年)の5月。設計と工事を合わせて一年余りという時間は、あまりにも短い。しかし、外山の顔に焦りは見えない。

 「これまで、大きな国内大会を開催するようなプールをいくつも手がけてきています。そこで培ったノウハウを駆使して、五輪で成果の出せるプールをつくり、少しでも選手の力になりたいですね。それに、難しければ難しい設計ほど、ワクワクしてやってやろうという気持ちになります」

 キャリア17年の一級建築士は、力強くそう結んだ。(文中敬称略)

風通しの良さが長く愛される建築を生み、
人をも育てる

株式会社 梓設計
執行役員 設計室 永廣スタジオ・リーダー 一級建築士

永廣 正邦  (ながひろ まさくに)

1960年 熊本県生まれ
1979年 熊本県立 第二高校 卒業
1984年 法政大学 工学部 建築学科 卒業
1989年 株式会社 梓設計 入社
2014年 同社 執行役員 設計室
     永廣スタジオ・リーダー
現在に至る

工場を庁舎に変身させる その驚くべき発想とは?

 梓設計でスタジオ・リーダーを務める永廣正邦は、キャリア25年以上のベテラン建築士だ。設計を志したのは、中学3年の頃。建築家であった父親の影響だった。

 「ちょうど高校入試を控えた頃、建築家として独立したばかりの父が、自宅の設計を手がけたんです。そのとき、私にも部屋や庭、外観のことなどを聞いてくれたのですね。それが実際にできあがっていく様子を見ていて、これはおもしろい仕事だと思ったんです」

 そんな永廣が「設計に対する価値観が変わった」と語るほどに、心に残っている仕事がある。山梨市庁舎の改修工事だ。「改修」といっても、既存の庁舎を新しくしたわけではない。閉鎖されていた電子機器メーカーの工場を、市庁舎へと「変身」させたのだ。

 「今は古くなったものを壊して、新しいものを建てればよいという時代ではありません。環境に配慮し、既存の価値を残しながら後世に伝えていくという使命が建築には求められています」

 しかし「工場」を「庁舎」へと生まれ変わらせる取り組みは日本初。法的な問題もクリアしなければならず、容易ではない。工場内は風通しが悪く、薄暗い。それを市民の憩いの場へと変えるためには、大胆なアイデアと緻密な計算が必要だった。

 「まず、工場を二カ所で切断しました。そのうえで耐震性もアップさせ、床を抜いて吹き抜けを作り、自然光や風を採り入れるようにしたのです。既存のものを徹底的に使おうと決めていましたから、家具や備品、照明なども洗浄して再利用しています。その結果、新築のおよそ半分の費用で完成させることができました」

Q&A

仕事をするうえで手放せない「三種の神器」は?

 スケジュールノート(左)、スケッチブック(中央)、タブレットPC(右)です。スケッチブックは、必ず碁盤目の寸法がわかるものを携帯しています。打ち合わせで出張や外出も多いため、コミュニケーションツール、あるいは気づきの書きとめをするツールとして欠かせません。電車の中でスケッチを描いたりもしますね。

設計は一人で担当するの?

 イトマンのプールの場合は、10名ほどで担当しています。設計は大きく「意匠」「構造」「電気設備」「機械設備」の4つに分かれ、それぞれに専門の設計士がいます。意匠が基本となる全般的な設計図を作り、それにリンクするかたちで建物の骨組みとなる構造図を、構造の担当者が作成します。

プールにも種類があるの?

 プールには大きく3種類あります。一つは競技用の、速く泳ぐためのプール。二つ目は、一般市民の方々が健康増進のために使うプールです。このプールは、お年寄りや子どもも使いますから、競技用のように深くするわけにはいきません。三つ目が水と親しむためのプール。小さいお子さん向けのレジャープールなどがそれに当たります。

設計っておもしろいと思う瞬間は?

 デッサンをしている時間でしょうか。デッサンといってもさまざま。イメージ的なもの、デザイン的なもの、あるいは細かいところの具体的な収まりを考えるためのものもあります。机に向かって描いたり、移動中にメモ帳に描いたりしているときが一番好きですね。