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イベントプロデューサー編

全国の高専生たちが高度な技術力とチームワークを駆使してしのぎを削る「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」(高専ロボコン)。毎年NHKで放送される同大会は、技術立国ニッポンを象徴するイベントであり、全国の高専生の憧れの舞台だ。そこで今回は、企画制作を手掛ける株式会社NHKエンタープライズのイベントプロデューサー田中翔太氏と黒岩義人氏のお二人にご登場いただき、観客を含めて1万人以上の人々を魅了する巨大イベントの舞台裏をお伺いした。

半年間の努力をもとに競い合う「3分間」その舞台づくりに持てる力を注ぎこむ

株式会社NHKエンタープライズグローバル事業本部
事業展開センター イベント・映像展開プロデューサー

田中 翔太  (たなか しょうた)

1986年 岐阜県生まれ
2005年 岐阜県立 多治見北高校 卒業
2010年 筑波大学 第一学群自然学類 卒業
2012年 筑波大学大学院 生命環境科学研究科 地球科学専攻(前期)修了
同年 株式会社NHKエンタープライズ入社自然科学番組の制作、NHK仙台放送局にて報道番組ディレクターを経て現在に至る

124チームが熱戦を繰り広げる「高専ロボコン」とは?

 1988年にスタートした「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」(高専ロボコン)は、全国の高専57校62キャンパス124チームがそれぞれのアイデアと技術を駆使してしのぎを削る毎年恒例の大イベントだ。「輪投げ合戦」をテーマとした2015年大会は、ビニールホースでできた輪をポールにいち早く投げ入れる対抗戦。奈良工業高等専門学校のロボット「大和」が優勝し、大盛況のうちに幕を閉じた。その企画運営を手掛けているのが、NHKの番組制作を主な事業としている株式会社NHKエンタープライズである。

 「弊社には大きく分けて二つの制作部門があります。番組制作を行う部門と、イベントの企画運営やデジタルコンテンツを制作する部門です。私の場合、もともとは番組の制作をしていたのですが、異動して現在のロボコンに携わるようになりました」

 そう語るのは、同社でイベントプロデューサーを務める田中翔太だ。

 「私の担当は、ロボコンの企画運営のなかでも競技の具体的な内容とルールを決めていき、大会当日にそれに対して責任を持って実行することです。高専ロボコンでは、大会が終了するとすぐに翌年の準備がはじまります。競技課題は毎年変えていますので、今は過去に同じようなものがないか、あるいはどんなテーマにすれば技術的に難しくなるかといったことを高専や専門家の先生を交えて話し合い、アイデアを出し合っているところです」

 高専ロボコンは、全国の高専が参加する大規模な教育イベントである。学生たちが安全に、かつ思う存分にその力を発揮できるよう、企画運営には細心の注意が払われる。競技課題の決定までには、高専の先生を始め、工学や安全管理の専門家、テレビ局のディレクターや美術といったさまざまな分野の人たちが関わっていく。その取りまとめを担い、最終的にルールブックを作成して実際の大会で厳正に運用する。それが田中の役割だ。競技課題の選定からルール作りまでに、実に5カ月あまりをかけるというから驚く。 

世界に一台のロボットを作りたい!高専生の熱意と想像力に感動!

 とりわけルール作りに時間をかけるのは、ルールこそが高専ロボコンの成功を左右する心臓部となるからだ。

 「当然のことながら、学生たちはルールブックに基づいてロボットを製作します。ですから私も肌身離さず持ち歩いて読み込み、どうしてこのようなルールに決まったのか、詳細な経緯まで説明できるようにしています。このルールブックによってイベントに関わる人たちが動いていくわけです。まさに高専ロボコンのバイブルです」

 それだけに、田中は会議室から飛び出して、学生たちやロボコンOBの声に耳を傾けることもあるという。現場での意見から学ぶことも多いからだ。例えば、あるOBに今流行りのドローンのように空を飛ぶ競技にしてみてはどうかと聞いてみたところ、予想外の答えが返ってきたことがある。「ロボコンでは〝ドローンのように〞空を飛ぶ競技はおもしろくない」というのである。

 「その理由を聞いてみると、空を飛ぶロボットを作れと言われると、みんながドローンを作ってしまうからだというのです。学生たちは世界に存在しないロボットを作ることにやりがいを感じているのです。確かに、ビニールホースの輪を投げるロボットなんて世界のどこにもありません。そういう答えのない課題のほうが燃えるというんですね」

 だからこそ、自分たちの想像を超えるロボットが登場してくる。大会会場で、実際に予想外のロボットを目にしたときの感動はひとしおだと田中はいう。

 「イベントというのは、当日が勝負です。それまでいくら頑張ってきても、イベント当日が充実していなかったら意味がありません。高専ロボコンの場合、私たちが投げた課題に対して、120%の回答を学生たちがロボットという形で返してくれる。それが一番の喜びです。それを見届けるために半年という時間をかけるわけです」

参加者に満足して帰ってもらうそれがイベントプロデューサーの責務

 参加してくれるすべての学生に「満足して帰ってもらいたい」という強い思いから、田中はイベントプロデューサーとして彼らが100%の力を発揮できるように尽力する。しかし一方で、自分のいたらなさを痛感することもしばしばだ。

 特に、大会前日に「ルール逸脱」が明らかになったときなどは、対応に苦慮することもある。重量やサイズが規定よりもオーバーしていたりと、その理由はさまざま。だが学生たちはけっして故意にルール逸脱をしているわけではない。もちろん、大会当日までにメールなどで質疑応答する機会を設け、こうした事態を回避する手段は取っている。だが、実際にロボットの動きを見ているわけではないから、どうしてもお互いの理解に齟齬が出てしまう。

 「ですが、ルールブックと照らし合わせたうえで、翌日までに修正してもらわなければいけません。彼らが半年かけて一生懸命作ってきたものに対して、そう告げるのは正直にいって大変心苦しいです」

 現在はイベントプロデューサーとして活躍している田中だが、もともとは自然が好きで、大学では気象学の研究に打ち込んでいた。一見、現在の仕事とは縁遠いように思えるが、実はつながりがあることを実感しているという。

 「研究の進め方というのは、イベントの企画運営に通じるものがあるのです。例えば、ある町の気温を測定する研究を行うにしても、たった一人ではできません。研究室の仲間や行政の担当者の方など、いろいろな人たちに参加を呼びかけ、協力を募らなくてはなりません。スケジュールや意見の調整も必要です。そんなところが今の仕事と似ているんです」

 淡々とした口調ながらも、本番当日には「つい大きな声を出してしまいます」と笑う田中。高専ロボコンという大舞台は、学生のみならず、田中自身にとっても大きな成長をもたらしている。(文中敬称略)

チーム一丸となって、技術・コミュニケーション力を磨きあう

株式会社NHKエンタープライズグローバル事業本部 事業展開センターイベント・映像展開エグゼクティブ・プロデューサー

黒岩 義人  (くろいわ よしひと)

1966年 東京都生まれ
1984年 東京都 私立 麻布高校 卒業
1991年 早稲田大学人間科学部 卒業
同年 日本放送協会(NHK)入局現・NHK制作局 科学・環境番組部を中心に、甲府局、名古屋局勤務などを経て現在に至る。

大イベントを成功に導く鍵は「大局観」にあり!

 NHK入局を経て、現在NHKエンタープライズに籍を置く黒岩義人は、エグゼクティブ・プロデューサーとして高専ロボコン全体の取りまとめ役を担っている。ロボコンはスタッフや観客を含めると、1万人以上が関わる大イベントである。それゆえに「大局観」を持って仕事を進めていくことが肝要だと説く。

 「私たちはイベントを手掛けていますが、最終的に高専ロボコンはNHKの番組として全国放送されます。ネット配信も行っていますから全世界で視聴されるわけです。イベントを成功させることはもちろんですが、その先にはたくさんの視聴者の方がいらっしゃる。そこまでを意識してイベント作りを行っています」

 そのためにも、後進には自分の視野を常に広げる努力を心がけてほしいと願っている。多くの人間が関わるロボコンにおいては、運営スタッフの意思疏通が成功の鍵となる。例えば会場ごとにルールの解釈が違ってしまっては、コンテストの平等性が損なわれてしまう。スタッフたちが自分の役割だけにとどまらず、全体の状況を的確に分析し、次へ生かす手を着実に打っているか。それを見極めることがプロデューサーとしての黒岩の責務だ。

 「イベント当日まで、参加ロボットがどんな挙動をするのか、正確なところまではわかりません。ときには思いがけずルールに抵触してしまうチームもありますから、臨機応変な対応をしつつ、全員でその情報を正確に共有しなければなりません。どんなに準備万端に臨んでも、地区予選から全国大会へ向けて走りながら考えることのほうが多いんです」

ロボコンが長く愛される最大の理由とは?

 しかし、情報の共有や意思疏通は案外難しい。価値観の違う人間を説得したり、チームの意見を一つの方向にまとめたりすることは骨の折れる仕事だ。だがそれこそが、まさにロボコンで得られる貴重な体験だと黒岩はいう。

 「高専ロボコンの場合、15名から20名でチームを形成します。1年生から5年生までが一つになって一体のロボットを作るわけです。それぞれ専門分野の違う人間が集まります。プログラミングが得意な学生もいればフレームづくりが得意な学生もいます。価値観の違う者同士が、侃侃諤諤やりながらもお互いの立場を尊重しながら調整し合う。高専の先生方を始め、皆さんがロボコンを大事にしてくださっている最大の理由は、まさしくそこにあるのだと思います」

 調整力やコミュニケーション力を磨く機会は、なにもロボコンだけとは限らない。体育祭や文化祭、あるいは部活動でも同様の力を求められることがある。そんなときに「逃げないでほしい」と黒岩はいう。

 「高校生活で得た経験や力が、社会に出て仕事をするうえでのベースになります。新しい問題や課題に直面したときは、過去の経験から解決策を引っ張り出してきて対応するしかないのです。マニュアルなんてありませんから、自分で解を見つけるしかない。ですから文化祭や部活動でいろんな人たちと出会ったら、積極的に交流をして経験を積んでください。社会に出たときに、必ず生きてくると思います」

 「ひと」と「ひと」とのつながりを大切に思うプロデューサーは、若い世代に向けて力強くエールを送る。(文中敬称略)

Q&A

ルール作りの過程で工夫していることは?

高専ロボコンのルールは20名以上の人間で話し合って決定しています。大人数の会議になりますから、全員が十分に意見を述べるのは難しい。そんなときは、あらかじめ電話などで意見を聞いておき会議の席で水を向けるよう心がけています。参加者全員が釈然としないままイベント本番を迎えるわけにはいきませんから、丁寧に意見をとりまとめています。

競技課題を決めるうえで気をつけていることは?

まず主要な材料(2015年でいえば輪投げに使用するゴムホース)は、全国どこででも安価に調達できる必要があります。一方で、技術的な難易度や多様性も求めたい。番組制作側からは動きがダイナミックで立体的なほうが見栄えがするという意見も出ます。それぞれのリクエストのバランス調整には気を遣いますね。

番組制作に興味を持ったきっかけは?

大学で気象を研究していましたから、将来は研究者か環境コンサルタントになりたいと思っていました。けれどもある日、NHKの自然番組を観ていて映像の美しさに惹かれたんです。それで番組制作に興味を持ち、入社を決意しました。

高専ロボコンは何人のスタッフで運営されているのですか?

弊社内での担当は5名ですが、外部の制作スタッフを合わせると数百人に及びます。大きな大会ですからたくさんの人の力を借りる必要があります。業務は多岐にわたり、会場の確保や参加者の宿泊先の手配、移動手段の確保など実にさまざまです。それらをすべて怠りなく調整していく地道な作業が大半を占めますね。

もっと詳しく

イベントプロデューサーとは

一般社団法人「日本イベントプロデュース協会」の定義によれば、イベントとは「何らかの目的を達成するための手段として開催される直接的なコミュニケーションメディア」である。こうしたイベントの企画運営に携わり、予算やスタッフを統括し、開催までにかかる責任のすべてを負うのがイベントプロデューサー。好奇心や判断力、集中力など多くの資質が必要となるが、本文中で黒岩氏がいうように、全体を見て判断する「大局観」がとりわけ重要だ。

イベントプロデューサーになるには

専門学校、短期大学、四年制大学を卒業したのち、イベント会社に就職するのが一般的。近年では「イベント学科」を設置する大学や専門学校もあり、そこで専門知識を学ぶこともできる。また、JEPCイベント総研が認定する「EIM(イベント・インテリジェンス・マネジメント)」資格、あるいは日本イベント産業振興協会が実施する「イベント業務管理士」という資格もある。2020年の東京五輪を控え、イベント運営の基礎知識を体系的に学ぶ機会は増えている。