2007年12月30日
□コメントへのお返事□
昨日書いたレポートに
いくつか質問を頂きました!!
おそらく他の生徒の方も知りたいことだと思いますので
ここでお返事しようと思います。
頂いたコメント→
牧村先輩こんにちは(^^○)
いくつか質問お願いします。
@私は英会話はほとんどできないのですが
icuの夏のキャンパスツアーの体験授業で
「じゃあ今から英語で話し合って」といわれ全然話せなかったんです↓
入れたとしてもついていけるでしょうか?
A大学中に留学したいという目標があるのですが、
ICUでは私みたいに現時点で英語に特化していない人も
頑張れば留学できるでしょうか?
B宿題の量がすごいと聞きましたが
バイトとサークル両方することは可能ですか?
C牧村先輩は受験生のとき、
他にどこを受けようと思っていたかよかったら教えて下さい。
たくさん質問すみません;;
よろしくおねがいします。
はい、sioさん、はじめまして☆
すごく具体的な質問なので答えやすいです!
では順番に
@夏のキャンパスツアー行ったんですね!!
sioさんは今受験生なのかな?
体験授業で英語で話し合ってなんて言われたのはびっくりです。
そこまで体験させるんですね。
その辺はまったく心配しなくて大丈夫です!
なんてったって私は大学入るまで海外経験全くなかったですし、
高校の授業で英語を話すことなんてなかったので
最初は本当に片言の英語しか話せませんでした。
ですけど1年の英語のクラスはレベル別にクラス分けされますので
周りの子もそういった子が多いです。
ICUは帰国子女が多いですけどそれでもやはり
英語が話せない子はいます。
ELPの授業ではディスカッションの機会が
けっこうありますので本当に慣れますよ!
私もsioさんと同じような不安はありましたけど
ついていけたので大丈夫です☆
A留学したいですよねー!
私もそうでした☆
大学は行ったら何が何でも留学するって思っていました。
一番留学しやすいのは1年の夏にあるSEA programです。
あれは希望すればほぼ100%できます。
書類審査とかはないです。
6週間の短期なんですが私もそれでオーストラリアに行きました。
行き先は英語圏なら全てあります。
費用も確かお手頃な価格でした。
行き先の希望を第三希望まで出せて
ほとんどの人はそれで決まるんですが
全部落ちてしまった人は、それでも枠が空いてるところにするか
キャンセル待ちか、だめか。。。。
でも全部落ちてしまった人は聞いたことないです!
なので絶対行きたいならば1年の夏に行きましょう!
6週間って短いですけど私は本当に行ってよかったと思います!
短期だと英語力は上がらないって言われてますが
私は正直上がったと思います。
あとはなんといっても世界中に友達ができたし
第二の家族もできたし♪
今でもホストファミリーとは連絡取ってるんですよ!
前にレポートでその時のことを書いたのでよかったら見てみてください!
B宿題の量は他の大学に比べると多いとは聞きます。
でもサークルもバイトも私やってましたよ!
そういう人がほとんどです!
時間のやりくりを上手にすれば大丈夫です☆
C私が併願したのは
・早稲田の教育学部英語英文学科
第一文学部
・立教の文学部英文学科
・法政の文学部英文学科
・明治の文学部英文学科 です。
学部名、学科名は若干違うかもしれないです。
私の友達では、他に上智・東京外国語・津田塾が圧倒的に多いです!
参考になれば嬉しいです☆
コメントありがとうございました^^
投稿者 牧村未生 : 00:01 | コメント (6) | トラックバック
2007年12月29日
あれから3年
になるんですね。
受験生だったあの頃がなつかしいです。
今思うと毎日毎日やらなければいけないことが
たくさんあってある意味とても充実してたなと思います。
夏休み頃は
早く受験終わらないかなーって思ってましたが
この時期は全然勉強し足りなくて
まだ受験日来ないでーって思ってた頃ですね。
1分1秒でも勉強したかったし
無駄にできなかったです。
受験生だった時が一番時間を大切にしていた
頃なのかもしれません。
でも一番大事なのはその限られた時間の中で
どう質の良い勉強をするかどうかですよね。
センターまで一ヶ月切ってますから
体調管理はしっかりとやってください☆
最近私は段々と就職に関して道が開けてきたかんじがします。
というのも私がやりたいのはこれだっていうような仕事を見つけました。
その話もそのうちしていければと思います。
ではみなさん、また来年にお会いしましょう♪
投稿者 牧村未生 : 00:40 | コメント (8) | トラックバック
2007年12月23日
旅の続き
先週に引き続き、今日もカンボジアでのことについて☆
やっぱり海外に行くと日本と違うことが多く
びっくりすることがあるのですが
カンボジアでびっくりしたことといえば、、、
バイク
3人乗り、4人乗り、5人乗り
とにかく乗る。
家族で一台に乗ってます。
しかもノーヘル。
あと乗り合いタクシーもびっくりしました。
タクシーといってもトラックなんですが
とにかく荷台に乗れる限り乗る。
観光客の交通手段は基本的にバイクタクシーです。
歩いていればあちらこちらにいますし安いので便利です。
ただですね、道路事情はあまり良くないです。
というのも町にはほとんど信号はないのでけっこう危険でした。
でもみんな上手くやってます。
あと道が完璧に舗装されていないところがまだまだ
たくさんあるので砂ぼこりがすごいんです。
なのでマスクをつけて運転している人をよく見ました。
食べ物ではやはり
こおろぎですね。
これ。
食べた人が言うには小エビを揚げた味がするみたいですね。
お酒のつまみです。
度胸がない私には食べられませんでした。
他にもタガメとか。
これは滞在先近くにあったマーケット。
海外に行く時は絶対マーケットは外せません!
食料品から衣料品まで何でも売ってます。
豚の頭もありました。
今回郊外に行く機会もあったのですが
郊外に行くと時間がのんびりーしていてすごく好きでした。
街とは全然雰囲気が違って自給自足の生活を感じました。
なんかウルルンっぽい
牛使いの子供です
とにかくカンボジアの人はみんな笑顔でフレンドリーでした。
来週はアンコールワットを!!
投稿者 牧村未生 : 00:46 | コメント (0) | トラックバック
2007年12月15日
in カンボジア
さて今回は気分を変えてカンボジアでのことについて
レポートしようと思います。
まだまだ書きたいことがたくさんあります☆
今回は私が訪れた孤児院のことについて書こうと思います。
孤児院には貧困・虐待などの理由で
親と共に生活できない子供たちが30人ほどいました。
一番小さい子が5歳位で上は20歳位でした。
この孤児院を立ち上げたカンボジアの方は
子供の頃、ポルポト派の虐殺の列に並ばされ死にかけたそうです。
九死に一生を得て、タイ国境にあった難民キャンプに逃げ込み
1980年に難民として来日。
中学校から大学院まで日本で学び
それからカンボジアで日本人の女性と出会い結婚
孤児院を立ち上げました。
ということで孤児院では
日本語の授業が行われています。
みんな日本語が本当に上手いんです。
特に20歳くらいの子達は
私達と完璧にコミュニケーションが取れますので
まだあまり日本語ができない子達と私たちとの通訳をやってくれました。
毎年プノンペンで日本語スピーチコンテストというのが
開催されるのですがそれで優勝したことがある子もいました。
優勝すると日本にただで行けるんだそうです。
子供たちと会った初日には
そのスピーチを披露してくれたり
世界に一つだけの花を歌ってくれたりしました。
日本の歌は大人気でした。
みんな素直で良い子だったのですが
立ち上げた当時はいろいろと大変だったようで
「嘘をつく」「物を盗む」ということは日常茶飯事。
教育も受けられず家族がばらばらに暮らさなくてはいけなかった
ポルポト時代に育った人達が親になっているのだから
それも納得できるとおっしゃっていました。
もうポルポトの時代は終わったけど
今もその時代の影響というのがあるんだと感じました。
投稿者 牧村未生 : 21:07 | コメント (12) | トラックバック
2007年12月09日
?
なんだか最近よくわかりません。
自分の将来について。
まさに今の頭の中「?」です。
自分の就職活動の軸としたいのは
「グローバルに活躍できること」「英語が使えること」
なんですが今これが当てはまる企業はありすぎます。
漠然とメーカーがいいかなーと思っていますが
自分がメーカーに向いているかはわかりません。
で、昨日は自動車メーカーの説明会に行って来ました。
説明会と言っても中身はほとんどグループワーク。
6人のグループで実際に車を売り出すターゲットを決めて
コンセプトを決めて値段を決めてデザインを書いて、、、、
周りの人は楽しかったーと言っていましたが
正直私は楽しくなかった。。。。。
企画のようなことは前から私には向いていないと
思っていましたが今日それを実感しました。
徐々に自分の適性を見極めていければいいですね。
ちょっと暗いレポートになってしまいましたが
来週はまたカンボジアのことでも
思い出して明るく行きたいですね!!
もしカンボジアのこんなことについて
レポートしてーっていう要望があれば教えてください☆
ではまた♪
投稿者 牧村未生 : 09:47 | コメント (2) | トラックバック
2007年12月02日
地雷
カンボジアと聞くと地雷を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
実際、世界で一番埋まっている地雷が多いそうです。
その数は400万、気が遠くなる数字ですね。
内戦が終わった今もなお毎年800人ほどの方が
地雷と不発弾による被害を受けていて
そのほとんどが一般市民なんですよね。
実際カンボジアに滞在中、地雷博物館に行って来ました。
その博物館はアキ・ラーさんというカンボジアの地雷除去活動家が
作った博物館でシェムリアップにあります。
彼は元兵士で実際自分の手で地雷を埋めたこともあったそうです。
今はかつて自分が埋めたこともある地雷を
自分の手で除去しています。
ほとんど毎日のように地雷撤去に出かけているそうです。
博物館にある地雷や不発弾は全て彼が撤去したものです。
こんな風にちゃんと処理された地雷が入り口にリアルに埋められていました。
館内には子供たちが暮らす施設もあります。
その子供たちは地雷のせいで手や足がありませんでした。
街中でも手や足がない人を見かけました。
毎日どこかで何の罪もない人たちが地雷によって
亡くなったり手足を失ったりしている事実、
信じがたいけれどもそれが現実なんですよね。










