学生特派員からの先輩レポート|東京大学|青山 敦
2007年06月10日
Different Angles
最近我が家でもBSテレビが映るようになって、毎日大リーグを見ることができるようになりました。 そこでよく思うんだけど、なんであんなにアメリカ人ってよくつばを吐くんですかね?? 汚くてしょうがないです。 一方、日本人はあまりつばを吐きませんよね。 アメリカ人はつばがよく出る民族なんですかね?? それはあまりにも暴力的な一般化ですが、統計とか取ってみると面白いデータが出るかもしれません。
さて話は変わりますが、
What happens if you look at single object from different angles?
たとえば、コーヒーマグカップ。 近づいてみても、遠くから見ても、どこからどう見たっておなじコーヒーマグカップですよね。 ある角度から見れば、コーヒーマグなのに違う角度から見るとりんごに見えるなんてことはありません。 だから物体はわれわれの見方に関係なく、普遍なものであると思うかもしれません。
しかしそうでもありません。
例えば、普段歩いている道。 その道を車で通ったら普段は気にしない歩行者とか道路標識が目に入りますし、もっとゆっくり歩いたら、野に咲く花とか風の音とかを感じることができます。 またその道に寝転がっても、また違う景色が見れるでしょう。
先ほどのコーヒーカップの例でもそのコーヒーカップをコーヒーを注ぎ、飲む物体であると認識するのではその物体はコーヒーカップでしかありませんが、そのコーヒーカップをさかさまにして中にリングをぶら下げたて、軒下につければその物体は風鈴になります。
このように物体や景色はそれ自体は変わらずに、われわれとの関係においてその意味を変わることがあります。 我々は物体をある先入観なり常識を持って、物体の一面を切り取って認識しています。
その先入観や常識は日々の生活のうえで欠かせないのは確かですね。 電車に弾かれれば死ぬと知らなくて、つい電車に飛び込んでしまったら死んでしまいますし、赤信号をとまれという意味を知らなければ、ひかれてしまいますし、ドアをノブを回して開けるものと知らなければ一生ドアを開けれません。
人間は成長していく過程でそういった常識なり、物体の認識法だったり、社会の常識だったりを身につけていくのです。
そういった常識とか先入観をひっくり返すことが学問の発見であり、芸術の創造だったりします。
例えば天動説は500年前は不動の常識でしたが、今となってはニュートンの発見により地動説が常識となっています。
椅子は座るものですが、その椅子の座るところに突起物が生えていたりして座ることを拒否していたらそれは椅子という物体ではありません。(岡本太郎作:座ることを拒否する椅子) またChristo,Jeanne-Claude夫妻は物を包むアートを創造し、海岸を包む作品を作品を作りました。(海岸を包むものじゃなくて泳いだりするものですよね笑)
子供はなにふり構わずものを食べようとします、おもちゃとか砂とか。 またどこにでも障子とかにでも江を描きますし、その絵でも太陽が青かったりします。(太陽が青いって笑) そういう認識とか感性って素晴らしいですよね。 常識とか先入観とかをまだ身につけていない子供はどうやって世界を認識しているのでしょうかね?? 最近の素朴な疑問で、大学で研究してみたいです。
投稿者 青山敦 : 2007年06月10日 17:38
この記事に対する読者の投稿
世界の子供たちを七人の「巨匠」と呼ばれる監督たち(確かクェンティン・タランティーノとか)がオムニバスみたいに撮った映画がありますよ。
題名は忘れました(スイマセン) が、今たぶん公開中なので観たらなにか発見があるかもしれません、ので
チェックしてみてください。
ちなみに、「世界の」といっても、大抵大きな問題を抱えている国の子供たちです。
投稿者 青野 武 : 2007年06月11日 16:06
青野さん、コメント有り難うございます♪
是非、見てみたいです! そしてなにか発見して啓蒙されたいです! なんか発見したら、ブログで報告させていただきまーす♪
投稿者 aoyama : 2007年06月11日 21:23










