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医療シリーズ③ 薬剤師 編

 命の最前線で活躍中のプロフェッショナルを紹介する「医療シリーズ」第三弾。今回登場していただくのは、新宿海上ビル診療所で 薬剤師を務める小林しのぶ氏だ。社会の高齢化や医療現場の進歩に伴って、活躍の場も大きな広がりを見せているという薬剤師。身近 な存在でありながら、意外に知られていない薬剤師の仕事に迫った。

”患者さんの気持ちに立てているのか”自問自答しながら、人々の健康を支える

医療法人社団 つるかめ会
新宿海上ビル診療所薬剤師

小林 しのぶ  (こばやし しのぶ)

1970年 東京都生まれ
1989年 豊島岡女子学園高校 卒業
1993年 城西大学薬学部薬学科 卒業
1995年 城西大学院薬学研究科修士課程修了
1995年 東京医科歯科大学医学部附属病院薬剤部 入局
1997年 読売新聞社読売診療所薬局 入局
2010年 新宿海上ビル診療所薬局 入局
現在に至る

ますます活躍の場も増加! 多様な働き方を選択できる薬剤師の仕事

 「薬剤師」と聞くと、多くの高校生は、病院の窓口や調剤薬局などで薬を手渡してくれる人を思い浮かべるのではないだろうか。確かに、医師の書いた処方箋をもとに、薬の準備をすることは薬剤師の大きな仕事の一つだ。だが、それだけには留まらない。

 「今の薬剤師は、仕事の幅が広がっています。例えば、医師から薬の処方について相談を受けたり、病棟に行って入院患者さんに薬の説明をしたりする。大きな病院だと、手術室にも薬剤師が入って、薬の対処がすぐできるようになっているところもあります」

 そう語るのは、新宿海上ビル診療所の薬剤師を務める小林しのぶだ。

 2006年、大学の薬剤師教育は六年制へと変更された。これにより、従来の化学に重点を置いた教育に加え、病院や薬局での実務実習が必須化。いっそう医療現場に即した教育が行われるようになった。高齢化社会や、患者のQOL(生活の質)を重視する医療現場の変化も相まって、現在、薬剤師にはさまざまな役割が求められ、活躍の場が広がっているのだ。

 「診療所で働く私が目指すのは、多くの患者さんに気軽に相談してもらえる薬剤師です。患者さんの目を見て丁寧に話し、気持ちを察しながら、患者さんが話しやすい雰囲気を心がけています。一方、大学病院などでは、専門薬剤師も増えています。例えば、妊婦さん専門の薬剤師もいます。妊娠がわかる前に飲んでしまった薬の安全性について調べたり、てんかんなどの持病を持っている方が妊娠を希望する場合、どのように薬をコントロールしたりするかなど、専門的なアドバイスを行います。働く場所や環境によって、求められるスキルや学ぶべきことが異なる。それを選べるところも、薬剤師という仕事の特徴です」

 「特徴」といえば、女性が多い点も薬剤師の特徴だ。厚生労働省の調査(2010年)によれば、全国の薬剤師における60.9%を女性が占める。これは弁護士や会計士といった、同じく国家資格を要する職種に比べて、抜きん出て高い数字だ。

 「確かに、ライフスタイルに合わせた働き方が選べるというところはありますね。その意味では、女性にとってありがたい仕事かもしれません」

 専門職でありつつ、自分の裁量で多様な働き方を選択できる。そのようにして、生涯にわたってキャリアを積み重ねていけるところが、薬剤師の大きな魅力の一つでもあるのだ。

薬剤師の役割も変化患者との密なコミュニケーション

 大学の薬学部を卒業後、小林は大学病院の薬剤部に入局。外来患者や入院患者への薬を扱う部署で、社会人としての第一歩を踏み出した。新人のときは、まずは拭き掃除から始めた。始業15分前には出勤し、薬を調剤する台や、患者に薬を渡す窓口などをきれいにしておく。その日の準備は、先輩たちが来る前に整えておいた。実は、これは職場の決まりではなく、父からの言葉で自発的に行っていたものだった。「父からは、新入りは一番に行って掃除をしておくもの。そして、みんなが仕事をできるように整え、みんなを迎えるものだと教えられていました。ただ素直に父の言葉に従っていただけなんですが(笑)、上司がちゃんと見てくれて後で評価につながったことは嬉しかったです」

 薬剤師が処方箋を受け取ってから患者に薬を手渡すまでには、さまざまなステップを経る。まず処方箋自体に誤りがないかどうか、飲み合わせや日数が正しいかを考えながらチェックして薬を選んで確認し、粉末薬の場合は調合を行う。処方箋どおりに準備できているかどうか確認を行い、患者に飲み方を説明して手渡す。

 そうしたチェックを重ねたうえで、薬は初めて患者の手に渡される。そこで薬の飲み方や注意点などを説明するのが「服薬指導」だ。

 それから二年後、小林は病院から診療所へと活躍の場を移す。そこでようやく「一人前に働くということはどういうことか」を知った。奇しくも30年ぶりに薬剤師法が改正され、薬剤師による情報提供が義務化された時期でもあった。医療の現場では、治療や投薬、手術などにおいて患者に十分な説明と合意を行う「インフォームド・コンセント」という考え方が広まり、医療従事者は、一層の説明責任が求められるようになったのである。

 「近年では、単に薬の内容を説明するだけではなく、どうやって飲めばよいのか、という細かなところまで伝えなければなりません。新しい薬もどんどん出てきますから、そのたびに説明書も書く。また、そうした情報を薬局内でどのように共有していくかということにも、心を砕かなければいけません。当時はわずか四人で切り盛りしていましたが、薬剤師同士はもちろん、医師や患者さんとのコミュニケーションの取り方なども、この時期に学ばせていただきました」

絶対にミスは許されない!駆け出し時代に経験した苦い思い出

 薬剤師として働き始めてから20年余りが過ぎたが、毎日が緊張の連続であることに変わりはない。薬剤師の仕事は患者の健康に関わるだけに、ミスは許されないからだ。そんな張りつめた心を、小林はどのようにコントロールしているのだろう?

 「気持ちの切り替えがうまくできれば、大丈夫です。何か少しでも不安を感じたら、すぐに患者さんに声をかけて、改めて確認させていただいています。そこで恥ずかしがってしまって、違う薬を渡してしまったら大変なことになります」

 小林がそう心掛けるようになったのには、理由がある。駆け出し時代、薬の飲み方を誤って患者に伝えてしまったのだ。薬を飲む回数を記入する薬袋に、「1日3回5日分」とすべきところを「1日5回5日分」として、手渡してしまったのだ。回数がおかしいことに気づいた患者の指摘により間違いが発覚した。小林はすぐに薬の成分を調べ、医師にも確認を行い、たとえ1日5回飲んだとしてもそれほど影響のない弱い薬であることがわかる。

 しかし、「5回飲んでしまっても、それほど強い薬ではないので心配ありません」という小林の対応に、患者さんの表情はみるみるうちに曇っていった。「そんな誤った情報を伝えて、どうしてくれるんだ」。問題がないと伝えたものの、患者さんの怒りは一向におさまる気配がなかったのだ。

 小林はそのときの経験をこう回顧する。「まずは、誠心誠意謝るべきでした。患者さんは、体調に問題があるから病院にいらっしゃいます。かなりの不安を抱えている状況なのに、私たちが間違いを起こしてしまうと、患者さんたちの不安な気持ちはさらに大きくなります。私は、服用についての理屈や理論ばかりを説明し過ぎてしまい、患者さんを怒らせてしまったのだと反省しました」

 間違ってしまったことと同じくらい、患者の気持ちを十分にくみ取れていなかったことを、小林は今でも悔やんでいる。

 それを機に、小林はあることを心がけるようになった。

 「それ以来、まずは患者さんの声を聞くことを最優先するようになりました。これは問題が起きた時ばかりではありません。患者さんは、多くの患者さんを待たせている医師に対して、聞きたいことも聞けないまま病院をあとにしてしまうことがあります。そんなときに私たちが患者さんの声を聞き、医師と情報を共有する。それが薬剤師の仕事の一つでもあります」

 「薬の飲み合わせは悪くないのか」「点鼻薬はどう使うのか」「目薬は一回何滴が適量なのか」――専門家から見れば基礎的なことでも、患者にとって未知のことはたくさんあるからだ。もちろん、専門家とて知らないこともある。

 「そんなときは、曖昧に濁すことはせず〝確認します。お時間いただけますか?と言います。そんな言葉を素直に言えることが、この仕事では大事なのかと思います」

〝安心した〞患者の笑顔が一番のやりがい

 薬剤師は「楽しい」と語る小林。とりわけ患者の笑顔を見たときに、大きなやりがいを感じるという。

 「診療所から帰るときの患者さんの笑顔は、ちょっと安心した、という表情なんです。お薬が減りましたね、と声をかけるだけでとても喜んでいただける。そんなときは、やはりこちらも嬉しくなります」

 現在の診療所に移ってきたのは、漢方を専門にする医師が多く活躍していた点を魅力に感じたからだ。「この診療所に移った当初は、漢方の診察介助ができました。診察介助とは漢方の医師が診察するにあたっての準備やサポートを行うものです」。小林自身、西洋医学では健康と診断されているにもかかわらず、何となく体調が悪いという時期が続いていた。そのため漢方に関心を持っていたが、独学で勉強しても、勉強会に出ても、なかなかわからない。そこで実際の先生の処方に触れられる今の診療所で働くことを決めたのだ。ときに漢方の診察を受けることもあったという。

 「私自身、体温調節が上手くできない時期があり、ちょっと動くと異常に汗をかいてしまったり、直後にすごく冷えてしまったりということがありました。そんなときに処方された漢方を飲むと、日に日に体調が回復して、その効果を実感できたんです」。診察や処方を受けたことは、小林自身、薬剤師として患者の視点に立たなければならないという点で、欠かすことのできない経験だったと振り返る。

 「私はたくさんの患者さんと日々接していますが、診察に訪れる患者さんから見れば、薬剤師は私を含む数人だけです。一人ひとりの患者さんへの心配りが充分に足りているか、自問することを忘れずにいたいです」

 それだけに薬剤師は「人の記憶に残りやすい職業」かもしれないと小林は言う。責任の重さを感じつつも、自分のペースをしっかりと守りながら働く姿に、実に爽やかな印象が残った。

Q&A

薬剤師を目指したきっかけは?

 「薬剤師」という言葉を知ったのは小中学生の頃です。それぞれひと月ほど入院生活を送った時期がありまして、そのときに母から「病院で働く仕事は看護師さんだけじゃないのよ」と教えてもらいました。薬科大の存在を知ったのは高校生のときです。女子校ということもあって、志望する子が多かったんですね。私も理系コースを選択していましたので、自然な流れで薬学部を目指すことにしました。 

ほかの国の薬剤師と日本の薬剤師との違いはあるの?

 例えば、アメリカには日本のような国民皆保険制度がありません。病院にかかるには高額な医療費を負担しなければなりませんから、ちょっとした病気であれば、多くの人がまず薬局を訪れるんです。日本の薬剤師は医師の処方箋をもとに薬を調剤しますが、アメリカの場合は、日本よりも任されている部分が多く、信頼も篤いです。社会的地位も高い仕事の一つとされています。

もっと詳しく

薬剤師とは

 「薬剤師法」では、〈調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するもの〉と定められている。健康にかかわる薬の専門家だけに、基本的な仕事だけでも「調剤」「製剤」「服薬指導」「薬品管理」「医薬品情報提供」「病棟業務」等、多岐にわたる。また、医療現場に限らず、製薬会社、化粧品、食品メーカーなどにも活躍の場がある。自身の職能や興味関心によって、仕事の幅を広げられる点も薬剤師の大きな特徴である。

薬剤師になるには

 大学の薬学部を卒業後、薬剤師国家試験を受験する必要がある。合格したのち、薬剤師名簿に登録することで初めて「薬剤師」となり、免許を取得することができる。2013年の合格率は60・8%。六年をかけて化学や生物学といった基礎から、薬剤師として必要な専門知識、コミュニケーション能力等も磨く。履修内容はかなりハードだといえる。