ページを更新する ページを更新する

総合電機メーカー業界

生活に身近な商品を扱う仕事に就きたいと三菱電機に入社して5年目となる津野弘夢さん。2023年4月から海外営業を担当する部署に異動。現地のニーズを製品に反映すべく、仕事に打ち込む。

総合電機メーカーでヨーロッパを舞台にエアコンを販売

市場の声を設計に届け製品づくりに生かす

三菱電機株式会社

静岡製作所 営業部 空調海外営業第一課


津野 弘夢  (つの ひろむ)

1996年

東京都生まれ。小さな頃から外で遊ぶのが好き。中学受験を目指し、小4の2月から週3〜4日塾へ。

2009年

第一志望の明治大学付属明治中学校へ。バスケ部の活動に熱中。朝5時半に家を出て朝練をして、授業後6時半まで練習をするという日々を送る。

2012年

付属高校へ進学。得意科目は、国語(現代文・古文)と理科(物理・化学・生物)だった。

2015年

明治大学情報コミュニケーション学部に進学。塾講師のアルバイトも4年間続け、わからない人に、よりわかりやすく伝える方法を学んだ。

2019年

三菱電機株式会社に入社。圧縮機営業課で約4年にわたり経験を積み、2023年4月、現在の部署へ。

バスケットボールに 打ち込んだ中高時代 諦めずに頑張った 経験が今も自信に

  今や家庭から学校や塾、商業施設にいたるまで、あらゆる場所に設置されているエアコン。そんな私たちの暮らしに欠かせないエアコンや冷蔵庫を、約半世紀にわたり製造しているのが、三菱電機の静岡製作所だ。 なかでも、三菱電機のルームエアコンの代名詞である「霧ヶ峰」は、これまでに「省エネ大賞」など数々の賞を受賞。また、近年、三菱電機の空調冷熱システム事業は、海外での売上高が伸びており、トルコやインドで空調機器の新工場建設が発表されている。このようにグローバルで事業が拡大するなか、2019年に入社し、今年4月から空調海外営業第一課に異動した津野弘夢さんに、これまでの歩みや現在の仕事内容、今後の目標などについて話を聞いた。

 1996年に東京で生まれた津野さん。小学生の頃から活発で、よく友達とサッカーやバスケットボールなどをして遊んでいた。先に中学受験を経験していた兄の影響もあり、小4の2月から塾へ通い、勉強をスタート。第一志望で、兄も通っていた明治大学付属明治中学校に進学した。

 中学入学から高校卒業までの6年間、夢中で打ち込んだのが、部活のバスケットボールだ。津野さんの学年は約30人と部員が多く、なかなかレギュラーにはなれなかった。

 「中学の3年間は、諦めの気持ちが心のどこかにありました。けれど、高校でも大好きなバスケを続けようと思ったとき、『このままじゃダメだ。もっと全力でやろう!』と決意したんです」

 そうは言っても練習はきつかった。例えば、コート練習の前には、必ず体育館の外周を10周(約1500m)するタイムトライアルが3セットあった。毎日のように辞めたいと思ったが、上手くなるにはどうすればいいか、受け身ではなく自分でよく考えるようにしてから、成果が現れ始めた。

 「中学では下から何番目という位置にいたのですが、高校に入ってからは、部内でAとBの2チームに分かれてコート練習をするとき、上位のAチームに入ることができたんです。厳しい6年間を乗り越えた経験から、何か壁にぶつかったとき『バスケ部の練習に比べれば、大したことない!』と思えるようになりました」

学園祭の裏方を通じて 一つのものをみんなで 協力して形にする 楽しさに目覚める

 バスケ部に打ち込みながら勉強も頑張り、明治大学へ進学した津野さん。システムエンジニアだった父親の影響から、プログラミングに興味があったが、その道に進むかはわからなかった。そこで、将来の選択肢を広く持てるよう、文系から理系までのカリキュラムを幅広く学べる「情報コミュニケーション学部」に進学した。 

 大学時代に打ち込んだのは、学園祭実行員会の活動だ。中高は自身がプレイヤーとして頑張ってきたが、学園祭の実行委員は誰かをサポートしたり、間に立って調整したりする裏方の役割がメイン。近隣の商店街を回って、パンフレットに広告を掲載する代わりに協賛金を出してもらう、渉外部門の仕事も経験した。「学園祭の活動を通じて、『一つのものをみんなで形にする楽しさ』に目覚めました。そういった体制で一つの目標に向かう仕事に就くなら、より規模が大きく、生活に身近な形のある商品を扱っている会社がおもしろそうだと考え、総合電機メーカーを中心に就職活動を行うことにしたんです」 

 ちなみに、大学でプログラミングの授業も選択したが、津野さんはプログラムが思うように書けず、「向いていないと実感した」と振り返る。 総合電機メーカーの中で、第一志望は三菱電機だった。そのきっかけは、大学3年のときに参加したインターンだ。 

 「岐阜県にある中津川製作所で、一週間ほど体験をさせてもらったのですが、社員の皆さんが真摯に仕事に取り組まれていて、誠実な方が多いところに惹かれました」

入社直後に任された カタログ作成の仕事 製品知識を学ぶことで 大きな壁を乗り越える

三菱電機への就職が決まり最初に配属されたのは、圧縮機営業課だ。 

 「圧縮機とはエアコンの室外機の中にあって、車で言えばエンジンのような、重要なパーツです。圧縮機の中には冷媒ガスがあり、それを圧縮すると温度が上がるので、その熱を暖房に活用します。一方で、圧縮していた冷媒を減圧すると温度が下がるため、それを冷房に生かしています」 そうわかりやすく説明してくれた津野さんだが、入社直後は圧縮機の仕組みや自社製品のラインナップが、まだよくわからなかった。そんなときに任されたのが、四年ほど更新されていなかった圧縮機のカタログを、新しく作り直す仕事。三菱電機では、圧縮機を自社で製造していないエアコンメーカーなどに販売。そのための重要な販促ツールがカタログだ。

 「案を出しても出しても、『こんな視点でもっと良くできるはず』と返されて、OKが出ず大変でした。それでも、先輩に製品について教わりながら、自分でも勉強して、以前のカタログよりもわかりやすいこと、当社独自の良さがしっかり伝わることをポイントに案を練り直し、なんとかリニューアルできました」 カタログ作成の経験を通じて、圧縮機の知識を深めた津野さんは、入社二年目から三年目にかけて、台湾メーカーから大規模なプロジェクトを受注することができた。 「設計部門と連携しながら、圧縮機に関する自社の多様な独自技術について、さまざまな組み合わせパターンと、それぞれのメリット・デメリットを自主的に数多く提案し、どの組み合わせがお客様にとって最も価値があるかを確認していきました。結果、お客様とのコミュニケーションの回数が増え、速く丁寧なレスポンスを心がけていたこともポイントになり、受注に至りました」 

 この成功体験は、津野さんにとって大きな自信となっている。

社会人になっても 学びはずっと続く 自主的に勉強していく 姿勢が大切

 圧縮機部門での経験を生かすため、「いずれは、圧縮機が実際に使われている空調機器の営業に携わりたい」と希望していた津野さん。その思いが予想よりも早く叶い、2023年4月から営業部空調海外営業第一課に異動。市場規模の大きなヨーロッパのなかで、フランス、イギリス、アイルランドを舞台に、家庭用や業務用のエアコンから、ヒートポンプ技術を応用した欧州向けの温水暖房までの営業を担当している。ヒートポンプ技術とは、「空気の熱」をエネルギーに生かし、効率的にお湯を沸かす技術。燃焼ボイラーに比べてCO2排出量が抑えられ、光熱費も節約できるため、ヨーロッパで需要が拡大している。

 「営業の重要な役割の一つが、現地の販売会社の方とよくコミュニケーションを取り、『こんな製品があったらよりお客様に価値ある提案ができるのではないか』という要望を引き出し、その声を設計部門に伝えること。また、数多くある要望に優先順位をつけ、限りある人手と予算を割り振り、一つひとつ形にしていくことも大切です」そのために自主的に英会話教室に通い、製品知識についても日々勉強を重ねている。

 「将来、海外を舞台に仕事をしたい人は、高校までに単語や文法をしっかり学び、英会話を勉強するための下地を作っておくこと。できればリスニングも勉強しておくことがおススメです」 まだ、異動して3カ月ほどだが、ヨーロッパでは日本よりも薄型で前面にデザイン性があり、音の静かなエアコンが好まれると学んだ。また、地球温暖化や産業廃棄物、化学物質に関する規制が厳しいという面もある。

 「今は、販売会社からの声を参考に動いている状態ですが、今後は商品や担当エリアの特色をもっと勉強して、『この地域にはこんな商品が今後求められていくはず』といった提案をし、自分ならではの価値が生み出せるよう、成長していきたいと思っています」

Q&A

気分転換の方法は?

 趣味はダーツです。ダーツ友達と集まって練習したり、小さな大会に出たりして楽しんでいます。仕事とは違った業界や幅広い年代の方との交流は、新たな視点や気づきを与えてくれますね。

アイデアが出ないときの 乗り越え方とは?

 どうしてもアイデアが出ないときは、諦めて帰って寝るのが良いかも(笑)。少し時間を空けて、考えを整理することで、意外といいアイデアが出ることがあります。ときには休息も大切です。