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航空業界

日本航空の客室乗務員として、国内外を飛び回る松木絵梨奈さん。経験豊富な先輩の背中を追いながら、あらゆる乗客に目を配っている。

留学経験を生かそうと日本航空の客室乗務員に

国内外を巡りながら大切にしているのは「お客さまとの絆づくり」

日本航空株式会社 

客室乗務員

松木 絵梨奈  (まつき えりな)

1995

大阪府阪南市生まれ。小学生の頃からピアノを習っていたこともあり、中学は吹奏楽部に入っていた。

2011

大阪府立岸和田高校入学。「勉強も遊びも楽しむ」という校風で、文化祭や体育祭などの行事はとても盛り上がるそう。「勉強も遊びも全力で楽しんだ高校時代は、毎日がとても充実していました」と振り返る。小学生の時から習っていた英会話が初めて役に立ったと感じたのは、高校の修学旅行で台湾に行った時だった。

2014

関西大学外国語学部入学。大学では、留学に行った2年生の時以外は、チアリーディングサークルの活動に熱中していた。

2018

日本航空に入社して客室乗務員に。フライト先で外食が多くなるため、自宅では自炊して健康管理に努めている。

2023

客室品質企画部へ異動。現在に至る。

高校時代はダンスに熱中 人生を変えたアメリカ留学

 飛行機に乗ったとき、乗客が安全に、快適にフライトを楽しめるようにサポートしてくれる客室乗務員。乗客のちょっとした質問や要望にも応え、なにか起きたときには真っ先に駆けつけてくれる客室乗務員は、空の旅に欠かせない存在だ。日本航空(JAL)の客室乗務員として国内外を飛び回ってきた松木絵梨奈さんは、どんなきっかけで客室乗務員になり、どういう思いで働いているのだろか?



 松木さんは1995年、大阪の阪南市で生まれた。小さな頃から「休み時間は外に出て遊びたいタイプ」で、小学生の頃には男子に混じってドッジボールをしていたという。

 高校は、6歳上の姉と同じ大阪府立岸和田高校に通った。進学校ながら部活や文化祭など学校行事にも力を入れていて、「なんでも楽しくできそう」という印象を持ったのが志望理由。部活も姉と同じダンス部を選んだ。「姉がダンス部で楽しそうに活動している姿を近くで見ていて、憧れたんです」

 所属したダンス部は、学内の文化祭や年に3回あるダンス部主催のイベントが主な舞台。自主性が重んじられていて、仲間たちと3年間、ダンス三昧の日々を送った。

 思い出深いのは、高3の文化祭。三年生は各クラスで演劇をするという伝統があり、松木さんと同じクラスのダンス部の友人、もう一人の男子と「ダンスを交えたミュージカル風の劇」を提案した。それが採用され、中心となってクラス劇を制作したそうだ。

 文化祭を終えると、本格的に受験モードに入る。小学生の頃から英会話教室に通っていて、英語が好きだった松木さんは、「英語を使って、海外で働けたらかっこいいな」と思い、本格的に英語を学べることを重視して大学を選び、関西大学の外国語学部に進んだ。「関西大学は四年間のうち丸一年間、留学ができるというカリキュラムがあったんです。卒業を遅らせずに一年間も留学ができるのは、すごく魅力的な環境だなと思いました」

 大学では、高校ダンス部の先輩もいたチアリーディングサークルに加入。そこで週二回、三年間、汗を流した。2年生の時は、一年間、アメリカのユタ州にあるユタ大学に留学している。

 最初の頃はホームステイ先の老夫婦と会話をするのも緊張して、「部屋から出たくない」と思っていた。しかし、慣れてくると現地の友人も増え、一緒に遠出するようになった。「車で5時間ほどかけて、友人とグランドキャニオンに行きました。ラスベガスも楽しかったですね。たくさん思い出ができました」

 帰国して数カ月後には、就職活動がスタート。まずは業界を問わず、幅広く採用試験を受けた。客室乗務員に興味を持ったのは、JALで客室乗務員をしているチアリーディングサークルの先輩に、仕事の魅力を聞いてから。

 ホテル業界やブライダル業界などほかの企業にも興味はあったが、「留学経験も生かせる職場」として先輩と同じ道を選んだ。「面接で会った社員の方々の雰囲気がすごく素敵だったんです。こういう人たちと働けたらいいなと思ったんですよね」



同期400人 1カ月に及ぶ訓練を経て機上デビュー

 2018年、JAL入社。客室乗務員の同期は、約400人いた。その数に圧倒されながら、1カ月のトレーニングが始まった。基本的な業務の内容や航空の知識をゼロから一気に吸収しなくてはならず、大学の講義とは緊張感が違う。社会人としての洗礼を浴びるような時間ながら、同期と励まし合って乗り越えた。


 このトレーニングを終えるとすぐに、O J T(On the Job Training) で実機に搭乗しての訓練が始まる。松木さんのOJT最初のフライトは、沖縄だった。沖縄便の場合、客室乗務員は一日で東京と沖縄を往復する。例えば午前中に羽田を出発し、那覇空港に到着してから1時間後には羽田行きの便に乗務するというスケジュールだ。


 「沖縄便は、業務に慣れた今だと『国内線の割に飛行時間が長いな』と思うんですけど、その時は本当にあっという間でしたね。一生懸命先輩についていったら、いつの間にか終わったという感じで、無我夢中でした」


 国内線で一年間経験を積むと、今度は国際線のトレーニングが始まる。国内線との一番の違いは、機内食のサービスがあること。機内食には子ども用、アレルギー対応食、宗教対応食、ベジタリアン用など選択肢が多くあり、間違いがあるとお客さまにご迷惑をおかけしてしまうため、細心の注意を払う。このトレーニングを終えると、国際線に乗務できるようになる。


 松木さんの国際線デビューは台北だった。台北は羽田空港から約4時間で、国際線としてはかなり短いフライトになる。その間に機内食を提供し、片付けるというミッションをなんとか無事に終えた。

先輩客室乗務員の察知力に驚嘆 大切にするのは乗客との「絆」

 国内線、国際線、どちらも乗務するようになると、その後は月毎のスケジュールに沿って国内外にフライトする。


 いろいろなところに行くことができる華やかなイメージがある職業だが、仕事はけっして楽ではない。例えば羽田からロンドンに行くフライトの航行時間は約14時間半。その間に食事が二回、機内販売、入国書類の配布などの業務がある。その間に乗客からのさまざまな要望に対応しながら、つつがなくフライトを終えなければならない。そして数日後には、羽田に帰る便に乗る。


  慌ただしく過ぎる時間のなかで、客室乗務員に問われるのは察知力だ。松木さんは先輩客室乗務員の「気づく力」に感心したことがあるという。それは、羽田からシンガポールに向かう深夜便での出来事。ビジネスクラスの乗客の一人が、座席を倒さないまま眠っていた。松木さんは「眠りこんでしまわれたのかな」と思っていたのだが、ある先輩が「もしかしたら、座席のリクライニングが倒せなくなってるんじゃない? 後で確認してみて」とアドバイスしてくれた。


 え?と思いつつ、その乗客が目を覚ましたときに声をかけると、リクライニングが壊れていて、席を倒せなかったことがわかった。

「あのときは、本当に驚きました。フライト中は、お客さまの情報をみんなで共有して、この方にはこういうお声掛けをしましょうと話し合っているのですが、すごく広い視野を持っている先輩がたくさんいて、学ぶことも多いです」


 「私はまだまだ勉強中」と語る松木さんが大切にしているのは、乗客といかにいい関係を築くか。一人ひとりの乗客をよく観察し、機内でどう過ごしたいのか、どう感じているのかをできる限り把握するようにする。それがうまくいったときは、大きな手応えを感じる。


 「アメリカのフライトで外国籍の男性の方とお話をしたら、私が留学していた場所からすぐ近くの町のご出身の方だったんです。その会話がきっかけで、その方はサービスをするたびに感謝の声をかけてくださいましたし、とても喜んで降りていかれました。このフライトは、お客さまとの絆作りがうまくできたなと思いましたね」


 JALに入社して6年目の今年、客室品質企画部に数カ月の間異動することになりオフィスワークをしているが、また機上に戻る日も近い。そのときは、今よりさらに成長した姿を見せたいと思っている。


 「リクライニングが壊れていることに気づいた先輩のようになりたいですね。あとはフライトをするにあたってチームワークが何よりも大事だと思うので、チームの雰囲気をよくできる存在になりたいです」


  松木さんに最後、CAとして一番やりがいを感じる瞬間は? と尋ねると、穏やかにほほ笑んだ。

「目的地に着いてお客さまをお見送りする際に、ありがとうと声をかけていただいたり、笑顔で降りていかれる方を見ると、今日も頑張ったなって思います」

Q&A

好きなフライト先は?

東南アジア。食事がおいしいのと、物価が安くて出かけやすいので。

客室乗務員を目指すには?

いろいろなことに興味を持って挑戦する姿勢が大事だと思います。