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2025/04/23
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広岡浅子は明治、大正の時代を生きた女性実業家です。
朝の連続テレビ小説、「朝がきた」のヒロインのモデルとなったことでも有名ですね。
浅子の実業家としての人生は結婚後に始まりました。
維新の激動期で存続の危機に直面していた嫁ぎ先の経営を支えるために、自らが女であるために実家で禁じられていた学問を再開しました。
また、周囲の反対を押し切り炭鉱経営に着手するようになると、自らも炭鉱で生活をするようになります。
護身用のピストルを忍ばせ、単身で九州にある炭鉱に赴いたエピソードからは、彼女のたぐいまれな行動力と強い意志を感じられます。その強い意志のもとで、炭鉱の産出量は2年後から急増するようになります。
また、彼女には教育者という面もあり、当時軽視されていた女子教育にも力を入れました。資金援助をするのみでなく、財政界の有力者にも協力を仰ぎ、日本初の女子大学である日本女子大学校(現:日本女子大学)の設立に多大な貢献をしました。
「成功の秘訣は、その人に情熱があるかどうかにかかっている」。
この言葉は、情熱を持ち続け、実業家だけでなく教育者としても成功した広岡浅子の人生そのものです。何か困難なことに直面してもこの言葉を思い出して、諦めずに道を切り開いていきたいですね。
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広岡浅子
広岡 浅子(ひろおか あさこ、旧字:廣岡淺子。1849年10月18日(嘉永2年09月03日) - 1919年(大正8年)01月14日)は、日本の実業家、教育者、社会運動家。三井高益四女。
(wikipediaより一部抜粋)
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