大橋悠依(元イトマン東進所属)、内閣総理大臣杯日本プロスポーツ大賞、功労賞を受賞
2024/12/30
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勝海舟は、江戸時代、幕末期に活躍した人物であり、この言葉はそんな彼が晩年に記した自伝である『氷川清話』からの一言です。
武士であった勝海舟は、政治家としても活躍しました。代表的な功績としては、なんといっても初めて太平洋を横断した日本軍艦である「咸臨丸」の船長を務めたこと、戊辰戦争の際に「江戸城無血開城」を実現したことが挙げられます。その他にも様々な功績を残した勝海舟ですが、その生涯とは一体どのようなものだったのでしょうか。
勝海舟は1823年、江戸の旗本(幕府の臣下)の家に生まれました。10代の頃から熱心に剣術に取り組んでいて、そのうち師匠に代わって稽古をつけるようになるほど腕を上げたそうです。また、師匠の勧めで西洋兵学を志した勝海舟は、勉強に対しても熱心に取り組んだと言われています。当時入手しづらかった蘭書を一年掛けて二部筆写したという逸話も残っています。彼の勤勉さがよく分かるエピソードですね。
勝海舟は広い視野や優れた判断力を持っており、それが数々の功績へ繋がったと言われています。しかし、たとえ高い見識を持っていたとしても、余裕がなければそれを活かすことはできません。勝海舟もそれを分かっていたようで、「昔からともかくも一方の大将とか、一番槍の功名者とかいうものは、たとえどんなふうに見えてもその裏の方からのぞいて見ると、ちゃんと分相応に余裕を備えていたものだよ。」と述べています。私たちもこの教訓を心に留め、余裕をもって大事を成せるような人になりたいものですね。
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勝海舟
勝 海舟(かつ かいしゅう)は、日本の武士(幕臣)、政治家、華族。位階は正二位、勲等は勲一等、爵位は伯爵。初代海軍卿。
(wikipediaより一部抜粋)
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