東進が協力!高円宮杯 第75回全日本中学校英語弁論大会 決勝大会実施!
2023/11/29
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植村直己は数々の偉業を成し遂げた登山家、冒険家として知られています。穏やかな人柄かつ小型な体型でありながら、笑顔の奥底に強靭な精神を持ち合わせている人物です。それらを武器とすることで自らの冒険を現実のものにしていきました。 そんな植村直己はどんな人生を送っていたのでしょうか。
大学で登山の知識も経験もない状態で、山岳部に入部し、辛く苦しい思いをしながらも登山に没頭する日々を送っていました。その時点でもうすでに登山家としての人生は始まっていました。 29歳で世界最高峰エベレストに日本人で初めて登頂し、8年後の1978年には南極大陸単独犬ぞり横断を成し遂げました。また、1984年2月12日にマッキンリーの登頂にも成功したことで、世界初の五大陸最高峰制覇者として世界に名を広めました。しかし悲劇は突然訪れます。その日は43歳の誕生日でした。下山中に消息不明となり、捜索隊も派遣されましたが、今もなお本人の姿は発見されていません。
捜索活動の中で発見された日記には、想像を絶する極限状態に身を置きながらも、前へと進む気持ちが書き綴られていました。消息不明となった1984年には「世界五大陸最高峰登頂などの功」という功績名で国民栄養賞も受賞しています。
何か起きるのを待っていては何も始まりません。自分で行動するからこそ、何かしら得られるものがあります。それが成功ではなく、失敗だったとしても、自分の人生にとってプラスになるはずです。誰かが始めるのを待つのではなく、自分が行動して、多くのことを身に着けていきたいものですね。
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植村直己
植村 直己(うえむら なおみ、1941年(昭和16年)02月12日 - 1984年(昭和59年)02月13日)は、日本の登山家、冒険家。兵庫県出身。
(wikipediaより一部抜粋)
植村直己のその他の格言
□私は意志が弱い。その弱さを克服するには、自分を引き下がれない状況に追い込むことだ。
□必ず壁はあるんです。それを乗り越えたとき、パッとまた新しい世界がある。
□不安な時は小さなことでもいい、今できる行動を起こすこと。
□みんな、それぞれが、何か新しいことをやる、それはすべて冒険だと、僕は思うんです。
□あきらめないこと、どんなときでも決してあきらめないこと。
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